2021年1月21日木曜日

モダン邸宅とレネ・リートマイヤー展

オランダのアーティスト、レネ・リートマイヤー(Rene Rietmeyer)の個展を見に行った。

今回、作品と同じくらい楽しみにしていたのはその会場。今は「九段ハウス」と呼ばれている旧・山口萬吉邸。昭和2年(1927年)竣工の洋館で、東京タワーを手掛けた内藤多仲の設計。登録有形文化財に指定されている。以前一度行ったことがあり、学校やビルに囲まれてそこだけ時間が止まったような、また、できた当時から明らかに周りとは違ったであろうその場所は印象に残っていた。


個展のタイトル「Existence」は、リートマイヤー氏が常に追究しているテーマらしい。彼のホームページのトップには「結局のところ、私の作品は私の存在の証明でしかない」とある。

地下のフロアに入ると絵の具の匂いがした。展示された作品にはどれも「Kudan House 2021」とサインがあるので、アーティストが今月ここで描いたばかりなのだろう。同じ大きさの白い紙に直接絵の具を乗せて、似たようなパターンの四角形がそれぞれ違った色の組み合わせで描かれている。「最も気分に合うものを選んでください」という心理テストを思わせ、作品の意味を問うより、自分にとって落ち着きがいい色の1枚をつい探してしまう。


邸宅はスペイン風のデザインで、大きな窓に面したポーチに立つと、どこか外国のコロニアル風リゾートにいるような気分になる。階段の手すりや床など、内部のディテールの美しさにも目を惹かれる。その先進性は見かけだけではなく堅牢な造りにも反映されていて、鉄筋コンクリートで壁の厚さが24㎝もあり、現在の耐震基準さえも上回るそう。空襲を生き残ったのも納得できる。




日本語で「モダン」という言葉を使うとき、必ずしも「現代的」という本来の意味だけでなく、「古き良き時代の最先端で、今もエレガンスを保っている」というニュアンスを含むように思う。90年以上前に建てられたこの洋館はまさにウルトラモダン。


時を超えた異空間でのひと時だった。

2021年1月3日日曜日

ソル・ルウィットのウォール・ドローイング

2021年明けて早々の東京国立近代美術館。今年は帰省せずに都内に留まっている人が多いはずだが、さすがに三が日の人出は少なく、ゆったり鑑賞できた。

「眠り展」という、眠りをテーマにした企画展をやっている。最近、国内の公立美術館同士が協力してコレクションを結集させる展示が増えたような気がするが、これもそうで、国立西洋美術館、京都国立近代美術館、国立国際美術館の所蔵作品を交えて構成されていた。美術館はコロナの影響で来館者が減っているため、海外から大型作品を借りにくくくなっていると何かで読んだことがある。この企画がその影響を受けたものかどうかは知らないが、むしろそうした制約は、日本の多くの美術館にとってチャンスでは?と思う。海外からの作品に注目を奪われがちだったこれまでより、日本の美術館が持つコレクションが注目されやすくなる。行ったことがない美術館から出品された作品を見て「へえ、この美術館、こんないい作品持ってるんだ」と注目し、次はその美術館に行ってみたいと思う人もいるだろうし、さらには周辺地域の観光需要にもいい影響があるかもしれない。

そう言っている私も、以前はアートの旅と言えば、自分で行くにも人に勧めるにも海外を中心に考えていた。でも実際、この半年くらいで国内にある作品の素晴らしさを再認識し、「足元を見ろ」と言われたような気がしている。

さて、この東京国立近代美術館もコレクション展だけでも十分楽しめるところだが、今回は12月に公開されたばかりのソル・ルウィットの壁画に注目していた。ミニマリズムやコンセプチュアル・アートで知られるルウィットが生涯で制作した1270点以上のウォール・ドローイングのうち、769番目のものだそう。3階の「建物を思う部屋」にあり、4階からもその上部が見える。


一見、直線と曲線が無造作に描かれているような壁画は、予め決められた16種類の線のうち2つが組み合わされた四角形のマスで構成され、全部で120種類のパターンがある。

ルウィットは、自身はウォール・ペインティングの構成を決め、実際に描くのは基本的にほかの「ドラフトマン」に任せたそう。なので彼の死後(2007年没)も、作品は世界各地で作られ、展示される(多くは展覧会の期間が終われば撤去される)。このウォール・ペインティングも日本人のドラフトマンが担当している。

いわば「死なないアーティスト」のシステムを作ったルウィット。海を越えて作品を貸し借りすることも難しくなる状況さえ見越していたのだろうか。数学みたいなパターンの「指示書」が描かれた壁を見ながら思った。