2022年7月20日水曜日

幸せの機能を持つ建築

昨年、ある建造物の写真を一目見て「うわあ、行きたい!」と思った。正確には写真ではなく完成イメージ図で、宙に浮かんだ王冠のようなそれは、深い峡谷で橋の役割をしているようでもあり、一瞬にして心をつかんだ。以来、それをデザインした建築家ミケーレ・デ・ルッキ氏の展覧会を心待ちにしていた。

展覧会はコロナで何度も延期になり、今月ようやく開幕。それに合わせてミケーレ氏が来日しトークセッションが開催されるという。これは何としてでも行かねば!

ということで神戸へ。展覧会に行く前にまず「六甲山サイレンスリゾート」を訪れた。

六甲山サイレンスリゾートは、近代産業化遺産に指定された旧・六甲山ホテルの建物を修復・再生した現在も進行中のプロジェクトで、ミケーレ氏が主導する。

空気は少しひんやりし、静かで、鳥のさえずりが聞こえる。セミが鳴いて蒸し暑かった山の下とは対照的。建物の周囲にはきれいに花が植えられている。

ミケーレ氏は、80年代に一世を風靡したデザイン集団「メンフィス」の中心メンバーの一人として知られる。メンフィスのプロダクトは鮮やかな色や幾何学的な図形を使ったポップなデザインが特徴で、プラスチックなどの人工素材も多く使われた。その後は脱プラスチックに転換し、現在ミケーレ氏は自然との共存や環境保護の重要性を唱え、木材中心の建築を手掛けている。

六甲山での修復においても、元のスイスコテージ風のクラシカルな建物を残し、新建材と組み合わせ見事に再生させた。2階のカフェの天井には六甲山ホテル開業当時からのステンドグラスが残る。


1階のヒストリー・ギャラリーには、六甲山ホテルの歴史と、ミケーレ氏による再生プロジェクトのこれまでと未来が展示されている。今はまだないリング型のホテル棟の完成予想図もあった。ホテルの開業は2025年頃を予定しているらしい。

ミケーレ氏はその日のトークセッションで、六甲山の自然環境の素晴らしさにも触れ、ホテル棟を円形にデザインした理由は六甲の森とつながるためだと説明した。円には正面も裏側もなく、時の流れやつながりを象徴する。

デザイン・クリエイティブセンター神戸(Kiito)で開催されている「Earth Stations」展は、地球のサステナブルな未来に向けた建築の役割を考察する、ミケーレ氏のリサーチプロジェクトを紹介する企画。完全版の展示は世界初だそう(日本を選んでくれてありがとう!)

最初に述べた王冠型の建造物の正体は「クラウン・ステーション」といって、「過去と未来の中間にあるライブラリ」だとわかった。人間関係のクオリティを潤滑にする機能を持つ、相互交流の場としての建築だそう。

目を引く美しい建築デザインが並ぶプロジェクトは、見かけの奇抜さだけを狙っているのではない。それぞれの説明を読むと、環境保全、伝統文化の継承、教育、人と人とのつながりなど、人を幸せにする建築としての機能を追求していることがわかる。

トークセッションでミケーレ氏は、私は人々が求めているもの、向かっている先をデザインしている、と話した。貧しい土地に、土地の素材や伝統文化を活かした美しいモニュメントを建てることで、住む人がモニュメントを誇りに思い、更にそれを見に世界から人が訪れるという、建築が生む効果についても触れた。建築で住む人も旅人も幸せになる。素晴らしい循環だと思う。

またコロナ禍や戦争に直面する世界の現状について、「人間社会から悪がなくなることはなくても、コントロールしなくてはならない。問題の中でより良く生きていくための空間を作ることが建築家の役目だ」という発言が印象的だった。

一日を通してミケーレ氏の作品やお話に触れ、彼は自分の名を冠したモニュメントを残したいのではなく、そのモニュメントが土にかえった後も続く循環やつながりの概念を次の世代に受け継いでいきたいのだと理解した。

未来の人類の幸せのため、建築が果たせる役割、そして建築家以外の人々が建築とどう関わっていけるかについて思いを巡らせた一日。

Earth Stationsのモニュメントが世界各地に完成し、それを巡る旅を計画することを今から楽しみに思っている。


2022年7月12日火曜日

Art Osaka 2022

週末、現代美術のアートフェア「Art Osaka 2022」を訪れた。

東京在住者にはアートフェア東京のほうが身近だけど、Art Osakaは今年で20回目。今あるアートフェアでは最も歴史が長い。出展ギャラリーは東京からが最も多かった。

フェアは二つのセクションに分かれ、古い造船所跡を会場にした「Expanded Section(拡大セクション)」のほうは、大型インスタレーションが中心。

4階は広いフロアを丸ごと使った横溝美由紀の作品展示。この人の作品でここまで大きなものは見たことがなかった。


3階では大西康明のインスタレーションが目を引く。花を表現しているのかと思ったら、銅箔で河原の石を型取ったものだった。


2階では、「ビッグフット」が淡々とパフォーマンスをしていた。足の裏に絵具をつけ、天井から吊るされたロープにつかまり勢いよく滑ってペインティング。


アートフェアは夜までやっているけど、この人、休憩の時はいったいどうやって出ていくんだろう。ペイントがついたままの足では歩いていけないし、かといって、ここでおもむろに着ぐるみを脱いでいくんだろうか…? 見届けるほどの時間もなかったので、謎のまま後にした。

次は「Gallery Section(ギャラリーセクション)」を見に、中之島の大阪市中央公会堂へ。1918年竣工のネオルネッサンス様式の建物。


内部も天井画にステンドグラスの華麗な装飾…。やや大げさ感も否めないが、それも含めて楽しむ。

アートフェアではたいてい、買い物よりも、自分がいいなと思うギャラリーやアーティストを見つける機会として鑑賞に徹することにしている。さすが20年の歴史を持つフェアだけのことはあり、選りすぐりのギャラリーが集まっている印象だった。


見るだけでも充実した内容だったが、ほかの作品も見てみたいアーティストや、改めて訪れたいギャラリーもいくつかあった。次のアクションにつながるのもアートフェアの最大の収穫のひとつ。

さて、建物の話に戻すと、大阪市中央公会堂のすぐ隣にある中之島図書館も堂々たる外観。


中央公会堂の展示室には、付近には明治から大正時代に建てられた「大大阪時代」を象徴する華麗な近代建築が数多く残る旨の説明があった。外国人に大阪について聞かれるたびに道頓堀の写真ばかり送っていた自分を反省。今度は建築巡りもしてみよう。


ブライアン・イーノ展

話題の「Brian Eno Ambient Kyoto」展を見に京都へ。


大変メジャーな人だが、正直なところ音楽もビジュアルアートも、これまでの彼の作品は意識して鑑賞したことがなかった。Windows 95の起動音を作ったのが彼だということも今回初めて知った。

会場は京都駅から徒歩約5分の京都中央信用金庫・旧厚生センター。築90年というから昭和初期に建てられた3階建てのビル。最近、レトロな建築物をアート展会場として再生している例をよく目にする。雰囲気のある建物は見に行く楽しみを増してくれる。

今回展示されているのはイーノの代表作3つを含む4作品と、会場内で流れるオーディオ作品。今回のように「音と光」をキーワードにしたデジタルアートの展示は多いけれど、イーノ展はオーディオへのこだわりが特に強い。そのため会場内での撮影は、フラッシュはもちろん、シャッター音も禁止。スマホで無音撮影はなかなか難しいが、iPhoneのLive Photosモードの「ピコッ」という小さな音は見逃してくれていた。

展示は3階から順番に鑑賞。最初は「The Ship」というサウンド中心のインスタレーション。複数のスピーカーからの出る様々な音の不協和音。心地良くはない。「傲慢さとパラノイアの間を揺れ動き続ける人間のコンセプトの出発点とした作品」だそうで…メッセージが深すぎる。何を感じるかはその人次第。

次は新作「Face to Face」。スクリーンに3つの人の顔が映し出され、それぞれ実にゆっくりと違う顔に変わっていく。男性から女性へ。子供から老人へ。じっと見ているとどこが変わっているのかわからないのに、5秒くらい目を離して戻すと結構変わっている。

2階から下はちょっとトーンが変わり、まさに色と音の世界になる。「Light Boxes」という作品では、パターンが異なる3つの光の箱が壁沿いに並び、それぞれ違う色に変化していく。


ライトボックスの光に照らされて座っていると、水族館の大きな水槽に囲まれているような気分にもなる。自分が好きな色合いの出現をぼーっと待ちながら、しばし鑑賞。


場内の階段の壁にはシルバーのパネルが並ぶ。お洒落なインテリアのようでもあり、これもアート作品?と思って聞いたところ、音を吸収し、サウンド作品の音響効果を高めてくれるパネルなのだそう。


展示の締めくくりは1階の「77 Million Paintings」。イーノの代表作のひとつで、日本で2006年に初公開された後、世界を巡回し、16年ぶりに帰還した。音と映像が絶え間なく変化し、唯一無二の空間を作り続ける。作品のタイトルは、スクリーンに映し出されるビジュアルの組み合わせが7700万通りあることを意味している。

ソファーに座りじっくり鑑賞。時々場所を移動して違う角度からも楽しむ。映像の変化の目まぐるしさにも関わらず、心落ち着く作品。

今回のインスタレーションは京都を意識してか、竹林(ではなく明らかに木だけど)の中に三角錐型に積まれた砂が清め塩を思わせる。この清め塩も色を変える。

イーノが最初に「77 Million Paintings」を発表して以降、「音と光のアート」に関する技術はもっとすごいものが出てきているし、没入型アートという言葉も普通に聞かれるようになった。でもあえて没入型というワードを使わずアンビエントを貫くイーノの作品は、スペクタクルではなく、鑑賞者を取り巻く環境として、鑑賞者に受け止め方を委ねたのアートの形だと思う。

これを書きながら今更ではあるが、イーノのアンビエント・ミュージックを聴いてみた。もう少し聴いてみたいと思った。

(Brian Eno Ambient Kyoto展は2022年8月21日まで。)




2022年6月1日水曜日

霧島アートの森

鹿児島県にある「霧島アートの森」へ。

鹿児島空港から車で約40分、公共交通機関で行くなら電車やバスやタクシーを乗り継ぐ必要があり、旅行者にとっては決してアクセスがいいところではない。でもそのために旅する価値が十分ある場所だった。

霧島アートの森は県立の美術館でオープンは2000年。公立美術館としては比較的新しい方かもしれない。屋内所蔵作品は20世紀以降の国内外の著名アーティストの名前が並び、その多くが大型の彫刻作品。定期的にコレクション展と企画展をやっているが、むしろコレクション展の時期を狙っていくのもいいと思う。

屋内展示もさることながら、ここの最大の魅力はその名の通り屋外に拡がるアートの森。栗野岳の麓の豊かな自然の中でアートを楽しめる。高原とはいえ木々には南国らしい緑の濃さと深さがあり、その雰囲気もたまらなく良い。

野外展示作品は各作家がこの地を訪れて作成したオリジナルばかり。霧島の自然から受けたインスピレーションがそれぞれの形で表現されている。

樹林ゾーンでは地図を片手に作品を探しながら歩く。ちょっとオリエンテーリング気分。木々の間から忽然と現れる作品にはタイトルだけで説明はなく、見る者の想像に任せられる。(いちおう解説の小冊子も用意されているが、それは後で作品を思い出しながら読んだほうがいい。)人によるかもしれないが、自然環境の中で見るアートは、その意味を考えるより先に風景として捉える。個々の作品の好き嫌いは置いても、風景として調和しているか、していないかの第一印象はとても重要なものだと思う。霧島アートの森の作品は、ほとんどがそこに上手に存在していた。


「溶け込む」ことを突き詰めた作品はアントニー・ゴームリーの「インサイダー」。これ、その場に行ってもよく見ないとどこにあるかわからない。昆虫の擬態のようだと思った。


自然環境と一体化した作品で知られ、昨年(2021年)5月に亡くなったダニ・カラヴァンの「べレシート(初めに )」。スリットから光が差し込む暗いトンネルの先端まで行くと、高台から見下ろすパノラマ風景が開け、森の中だけで閉じていた視点が変わる。



他にも二十数点の屋外作品がそれぞれフォトジェニックな風景を作っている。この充実度で、樹木も良く手入れされていて、更に言うとカフェの食事も美味しくて、入場料が大人320円というのは奇跡に近い。こんなところの常連さんになれる地元の方、うらやましい。
残念ながら地元在住ではない私は、魔法のような森を後にした。次はいつ行けるだろう。そしてその時はどんな風景が見えるだろう。



2022年5月31日火曜日

和束の茶畑ウォーク

日本人にとって5月といえば新茶の季節! 宇治茶の主産地・和束町のお茶畑を見に行った。

京都府南部にある和束町のお茶栽培の歴史は鎌倉時代に遡り、その茶畑景観は文化庁認定日本遺産に選ばれている。和束町は「日本の最も美しい村」連合にも加盟していて、とにかく美しいビジュアルを誇る茶畑なのだ。

京都駅からJRで約1時間、加茂駅で降り、バスに乗って約10分(このバス、1時間に1本しかないので事前によく確認を)。和束高橋というバス停で降りた。他に降りる人もなく、ここでいいの?と思いながら静かな坂道を上がっていくと、景観ポイントをを示す案内看板があった。親切!

約10分で「石寺の茶畑」に到着。深い緑色の茶畑が美しい!


山の斜面を覆うように広がる起伏ある茶畑はこの地域の特徴。寒暖の差で朝霧が発生し、コクのある茶葉が育まれるのだそう。まるでワイナリーのブドウのよう。



お茶の産地では茶摘み体験なども人気だが、ここ和束では何といっても風景を楽しむのがお勧め。茶畑の間を抜けるウォーキングルートがいくつか設定されていて、ビューポイントも数か所ある。どこでバスを降りてどう歩くか、興味や時間に合わせて計画してから行くといい。

途中で角を曲がって農道に入る。どちらかというと林道では?と思いつつフィトンチッド満載の雑木林の中を進む。時々、農家の軽トラックが通り過ぎる。

やがてコンクリートの道に出て、看板に従って「弥勒摩崖仏」に続く細い道を行く。ここで初めて、町を東西に流れる和束川に出会った。


川沿いに直立した花崗岩に掘られた摩崖仏は身長3メートル以上もある。1300年4月の銘があり、700年以上もこの地を見守ってきた存在。

更に雑木林を歩き「和束茶カフェ」に到着。カフェというより土産店兼案内所。一般的にはここを散策のスタート地点にするらしい(私はゴール地点にした)。歩いている間はほとんど人に会わなかったのに、ここだけはシニア層のツアー客で賑わっていた。

「和束茶カフェ」を和束町の真ん中として西半分のコースをややハイペースで一方通行で歩き、かかった時間は1時間強。近くの「和束山の家」バス停から駅に戻った。

そういえば、お茶を見ただけで飲んでいなかった。京都駅で新幹線に乗る前、お茶のペットボトルを買おうと探したが、置いてあるのはなぜか「静岡茶」ばかり。そうか、ここはJR東海だった…。和束のお茶は和束で飲んでおきましょう!


2022年5月30日月曜日

夕暮れの無鄰菴

5月中旬の夕刻、京都の南禅寺近くにある庭園「無鄰菴(むりんあん)」に伺った。

無鄰菴は政治家・山縣有朋が1896年に造らせた別邸で、日露戦争開戦前に山縣が伊藤博文などと会議をした場所としても知られる。歴史的背景はさておき、純粋に庭園として素晴らしい。

作庭は七代目小川治兵衛。山縣のオーダーは「東山の山並みを眺めるための庭」だったそう。あくまでメインは東山の借景。治兵衛が応えて作ったのは、東山の風景と一体化した見事な自然の再現だった。それまで主流だった枯山水のような見立てとは一線を画した、琵琶湖疏水を引いたせせらぎが流れる里山のような庭。以降、これを自身のスタイルとして確立した治兵衛は、南禅寺界隈の別荘地で多くの近代的日本庭園を手掛ける。

無鄰菴は閉園後の時間帯はプライベート利用に提供されている。日没が遅い今の時期は、昼間の明るさから次第に暮れゆく空の下で移り行く庭園の表情と、やがてライトアップされた夜の庭園を楽しめる。


山縣の庭園としては東京の椿山荘も有名。椿山荘はあまりに広大で、雲海でも発生させたくなる気持ちもわかる。無鄰菴は軽く散策して一周できる大きさ。雲海はないけれど、日没後、琵琶湖の水に導かれたように野生のホタルが飛んでいた。


2022年4月29日金曜日

アルテピアッツァ美唄

新千歳空港から電車で約1時間半、北海道の美唄市へ。かつて炭鉱の町として栄えた美唄には美しくエンターテイニングなアートパークがある。

「アルテピアッツァ美唄」は、美唄出身で現在はイタリアを拠点に活動する彫刻家・安田侃が、廃校になった小学校の跡地を再生した美術館。


安田氏の作品は、都内でも東京国際フォーラムなどあちこちで見られる。なめらかなラインの大理石の大きな彫刻は、ビルに囲まれた都会の慌ただしさにも我関せずといった感じで、すべすべと泰然としている。そんな作品たちは自然の中ではどんな風にしているのだろう?

アルテピアッツァ美唄には、広い敷地に校舎と体育館だった二つの建物が残り、その内外に合計40点ほどの安田氏の作品が展示されている。ここにはいくつかの魅力的な要素がある。


要素1)絵になるシュールな風景

何といっても自然と、その中にある作品の数々が美しい!


少し斜面を登ると、林の中に大きな門のような彫刻が。突然現れた異次元の入口のような光景にしばし釘付け。くぐったら戻れるだろうか?

要素2)宝探し

彫刻の立場から言うならかくれんぼ。起伏がある土地は一目で見渡すことはできず、地図を見ながら作品を探して歩くが、それでも見落とすこともある(実際、帰ってからひとつ見逃していたことに気付いた)。

閉園寸前だった幼稚園がまだここにあった1980年代、安田氏は子供たちが喜ぶ広場を作ろうと、作品を一つ一つ増やしていったという。だからきっと子供たちが探す楽しみも意識していただろう。林の中にひっそりといる彫刻は、見つけてもらうのを待っていたようにも見える。都会で見せるクールさに対し、ここの作品は人懐っこい(気がする)。


要素3)自然散策

もちろん北海道の自然を除いては語れない。アップダウンがあり舗装されていないところを歩くので、スニーカーなどの靴で行くことが必須。ちょっと草むらに入ると「熊生息地」の看板が。え!ここで熊!?と、ちょっとひるむが、すぐ先に見える作品を目指して、わざと足音を大きくたてながら歩いて行く。自然の中での危機管理は忘れずに。


要素4)レトロな建築

炭鉱時代の遺産の古い体育館を使ったアートスペースと、校舎だったギャラリーは、いずれもいい味を出している。ちょうどギャラリーでは安田氏の1970年代のシルクスクリーンの企画展をしていた。自身の彫刻作品の形に色をつけたもの。あまり目にすることはない貴重な機会だった。



訪れたのは4月の終わり。アルテピアッツァにはまだ一部雪が残っていて、桜はこれからだった。日本は広い。

美唄は今ではアスパラや米を作る農家が多いとタクシーの運転手さんが言っていた。運転手さんは「田舎でしょう?」と言ったが、こんな素敵なアートパークがある場所は、日本全国でもそう多くはないと思う。