2023年9月14日木曜日

デイヴィッド・ホックニー展

東京都現代美術館で開催中の「デイヴィッド・ホックニー展」を見た。ホックニーの60年以上の画業を追った大回顧展だが、過去の振り返りよりむしろ、86歳にして進化し続けるホックニーの今に目を見張る。

ホックニーは都会の風景や肖像画のイメージが強い人かもしれないが、近年は色鮮やかな花や自然の風景を描いていて、そうした多くの作品が今回、日本で初公開されている。特に2010年以降手掛けてきたiPadドローイングが素晴らしい! 新しい手法に挑戦し、それを軽やかに自分のものにして世界を拡げているのがホックニーのすごいところ。


圧巻は長さ90mの大絵巻「ノルマンディーの12か月」。2019年以降、フランスのノルマンディーに居を構えたホックニーは、コロナ禍の2020年に220枚のiPadドローイングを作成し、それをつなぎ合わせてこの大作を完成させた。「お家時間」の使い方としてこれ以上のものってあるだろうか…。


ノルマンディーは多くのアーティストにインスピレーションを与えた土地で、モネなどの印象派の画家たちもその光と風景の瞬間を閉じ込めた作品を描いた。ホックニーは1年間に及ぶ定点観測と制作を経て、ノルマンディーの四季が美しく移ろう様を、物語のようにひとつの作品に仕上げている。端から端までたどるとノルマンディーに行きたくなる、そんな旅心を誘う絵巻。


出る頃にはすっかりホックニーファンになってしまった。


2023年8月3日木曜日

姫路で見たチームラボ

この夏、姫路でチームラボの展示を2つ見た。

ひとつは書寫山圓教寺で開催中の「認知上の存在」。966年創建の圓教寺は「西の比叡山」とも呼ばれ、海抜371mの山の上にある。ロープウェイで志納所がある山上駅まで、ガイドさんの説明を聞き、遠くは瀬戸内海までの景色を見ながら上る。

ロープウェイに同乗していたほとんどの人は、立派な伽藍が配置された広大な境内を歩いて廻るようだった。その日は35度越えの猛暑。私は迷わず志納所からマイクロバスに乗った。とはいえそれも途中の摩尼殿の近くまでしか行かず、そこからチームラボの展示がある食堂(じきどう)までは結構な上り坂を10分くらい歩くしかない。山なのだから仕方ないか。炎天下、とにかく素早く着くことを目標に速足で行く。

食堂は二階建ての仏堂としては最大で、長さ約40m。国の重要文化財に指定され、映画「ラスト・サムライ」のロケにも使われたという輝かしい経歴を持つ。

一歩中に入ると、焼けつくような太陽の眩しさからは隔絶された静けさ。展示室内はとても暗いので係の人が誘導してくれる。

展示作品は大雑把にいうと赤と白の二つ。いずれも食堂の長さを奥行として活かしている。白は「質量のない太陽、歪んだ空間」という作品。光で満たされたトンネルを手前から見る。光の明るさは常に変化し、境界線がはっきりしない。


赤いほうは「我々の中にある巨大火花」。こちらは奥まで歩いて行ける。奥にある球体の近くまで行って後ろを振り返ると、壁があるわけではないのに自分の影が目の前にあった。


境界の曖昧さ、認知している世界の不確かさが二つの作品の共通のテーマ。目まぐるしい動きはなく、鑑賞者を静かに迎える瞑想の空間のようだった。


さて、ロープウェイで下に降り、今度は姫路市立美術館へ。世界遺産・姫路城を臨むレンガ造りの建物。ちょうど中谷芙二子氏の「霧の彫刻」が出現するタイミングで、外国人観光客の親子が嬉しそうにミストを浴びて涼んでいた(たぶん彫刻とは思ってない)。


ここで並行開催されているチームラボの展示は「無限の連続の中の存在」。展示は5つのエリアに分かれている。

カラフルなドットが躍るフォトジェニックな空間もその一つ。手で触れるとドットがバラバラになり、また近い点同士が自然に揃っていく「引き込み現象」、つまり秩序の形成を表現しているとのこと。


様々な植物が生まれて花を咲かせ、やがて枯れていく様子を繰り返し描いた作品は、美しさと儚さ、生命のサイクルを感じさせる。

そして一番奥の部屋にいるのは、人、それとも神?

姫路の二つのチームラボ展は、存在とか生命とか無限とか、そういうことをちょっと考えさせる体験だった。


2023年7月6日木曜日

Jewel at Night

シンガポールのチャンギ空港から夜のフライトに乗る前、少し早めに着いて「Jewel」へ。「Rain Vortex」がカラフルにライトアップされていた。


白く降り注ぐ昼のRain Vortexも迫力があるが、夜もなかなかいい。


8月中旬まではMarvelとタイアップしているらしく、入り口にアイアンマンの巨大フィギュアがあった。20時に始まった光と音のショーでもMarvelのヒーローキャラクターたちが次々に浮き上がる。きっとMarvelファンにとってはたまらない。ファンじゃなくてもショーは5分程度で終わるので飽きない。こういう滝の使い方もあるのねと感心しながら見る。



Jewelはターミナル1に直結、ターミナル2、3にも連絡通路を歩いて行けるので、フライト前に楽しめる。

2023年7月1日土曜日

仮想現実でアート鑑賞

シンガポールのザ・リッツ・カールトンは4200点ものアートコレクションを持つことで知られる。以前は館内に展示された作品の見どころを紹介した紙のパンフレットが用意されていたが、最近、数年ぶりに滞在した際には「ARアートツアー」が登場していた。


コンシェルジュデスクでQRコードをスキャンし、ブラウザでページを開く(アプリダウンロードは不要)。まずはロビー天井から吊り下がるフランク・ステラの「Cornucopia」を試す。ちなみにこの作品はファイバーグラス製で重さ3トン、デザインはサンバイザーから着想を得たそう。

作品の前に立ってスマホを左右に動かし続けるとARが始動する。するとパタパタパタっという効果音とともに、スクリーンの中で現実の作品の前を仮想の蝶が飛び交った。「おお!」と見とれていると、シャッターボタンが表示される。なんと写真や動画も撮れる親切設計。


ARの立ち上げにはちょっとしたコツが必要なようで、最初はいくらスマホを動かしてもなかなかARが立ち上がらない。上を向いてスマホをかざしてウロウロしていた時、取引先の人に声をかけられた。私、かなり挙動不審な感じだったんじゃないかと後で思う。

ARで何が出てくるかは、やってみるまで分からない。Zhu Weiの「Greater Water」という絵の前では、絵と同じ色と鱗の魚が泳ぎだした。


ステラのもう一つの作品「Moby Dick」。


このシリーズにはハーマン・メルヴィルの「白鯨」へのオマージュが込められているという。出てきたのは…

つぶらな瞳。


これ、シロイルカじゃない???

「白鯨」ってそんな話だっけ? いやシロイルカでは壮絶な闘いになるはずがない。あれはマッコウクジラ。

1980年代から90年代にかけて制作されたステラの「Moby Dick」シリーズは、138点の絵画や彫刻等から成り、それまでのミニマリスト・スタイルから作風が大きく変わったターニングポイントとされる。ステラがメルヴィルの「白鯨」を崇拝し、影響を受けたのは確かなようで、138点というのはメルヴィルの小説の章の数(135章)に呼応している。

じゃあどうしてシロイルカが呑気そうに泳いでいるのか?

リッツの作品解説をよく読むと、ステラに最初にインスピレーションを与えたのは、ニューヨーク水族館で見たシロイルカだったとある。なるほど! ごめん、君は間違いじゃなかったのね。

…といった細かいことは気にせず、ただARを楽しむだけで一味違うアート鑑賞ができる(きっとそのほうが正しい)ので、一度お試しを。


2023年6月30日金曜日

ストリートアートで見るシンガポール

シンガポールはストリートアートが面白い。

中でもチャイナタウンが代表的で、メディアでもよく紹介されるので見に行く人も多い。その作品レベルをひとりで上げている立役者がイップ・ユー・チョン (Yip Yew Chong) 氏。チャイナタウンで育ったイップさんの壁画は、とにかくシンガポール愛に溢れている。

もともと金融関連の仕事をしながら絵を描いていたイップさん。2018年以降は仕事を辞めてより多くの時間を絵に費やしているそう。彼の絵のサイズや表現の細かさを見れば、時間も集中力も必要なのがよくわかる。

イップさんの壁画制作は、誰も見ていないときにいつの間にか描いていなくなるバンクシー型ではなく、大きな壁いっぱいに下絵から仕上げまで、炎天下の日も雨の日も、何日間、何週間もかけて丁寧に描くスタイル。当然、壁の持ち主の許可も取ってある。

テーマはイップさんが子供のころに見た1970-80年代のシンガポールの風景や物語が多い。特に人気なのはTemple Streetにある3階建ての家の壁画。これは必見!


3階から巨大なティーポットで勢いよくお茶を注ぐおじさんのシュールな絵。これに呼び込まれて角を曲がると、昔のチャイナタウンの世界が広がる。

建物の1階右側部分は賑わうコーヒーショップの風景。


左側は野菜を売る市場の様子。建物の階段を挟み、人や市場の屋根が実際にそこにあるかのような立体感。これは実際に見るよりも写真のほうが立体的に見えることに後で気付いた。2階部分には洗濯ものなどが描かれている。

建物の裏口にも絵が続く。もはや建物ラッピング。

この壁画の制作中に撮られた動画を見たところ、下絵が残るうちから常にギャラリーが集まり、イップさんは見物客との記念撮影にも気さくに応じていた。

代筆屋の壁画も有名。イップさんのホームページによると、中国からの移民が故郷に送る手紙を代筆する商売は1980年代まで存在し、旧正月には背景にある赤い飾りのカリグラフィーも請け負っていたそう。

代筆屋の机の向かいに描かれた椅子に座るようなポーズで写真を撮ると、本当にその絵の中にいるように写るのも人気の秘密。この絵に限らず、イップさんの絵にはそういう仕掛けが多い。

京劇の壁画は、建物の権利者をつきとめて制作の許可を得るのに3年かけた執念の作品。舞台とその観客、舞台裏、近くで子供にアイスクリームを売る屋台など、当時の娯楽の様子を物語る。


イップさんが子供時代に家族で住んでいた家の描写も細かい。台所の床に赤いサンダルが転がっている。

その赤い木製サンダルを作る職人の絵もある。家の水場や市場でよく使われていたものだそうで、絵は実際に店が営業していた建物に描かれている。その後、ゴム製サンダルが普及し、木製サンダル屋は閉業してしまった。


イップさんの絵は、思い出を個人的なもので終わらせず、失われゆくチャイナタウンの歴史や文化を後世に伝える役割を果たしているのが素晴らしい。壁画のクオリティの高さが人を呼び、作者自身の体験に基づくそれぞれの絵のストーリーには説得力がある。どんなミュージアムより効果的ではないだろうか。

イップさんの壁画はチャイナタウンやほかのエリアにまだたくさんある。今回はすべての壁画を見られなかったので、シンガポールに行くたびにひとつずつ見に行こうと思う。



2023年6月17日土曜日

ウィーン少年合唱団

初めてウィーン少年合唱団の公演に行く機会に恵まれた。

ウィーン少年合唱団は1498年に王立礼拝堂の聖歌隊として誕生し、今年で創立525周年(!)。ユネスコ無形文化遺産にも登録されている。10歳から14歳の約100名の少年で構成され、ゆかりの作曲家の名前にちなみハイドン組、モーツァルト組、シューベルト組、ブルックナー組の4組に分かれている(ちょっと宝塚っぽい)。

今年は合唱団にとって4年ぶりの日本公演で、ハイドン組が来日。5月初めから2か月近く日本各地で「天使の歌声」を披露している。そう聞いて、そんなに長い期間、学校は? と心配になったが、メンバーは全員、ウィーン郊外のアウガルテン宮殿で寄宿生活を送っており、そこが学校も兼ねている。ツアーに合わせて学習スケジュールも調整されるため、学業がおろそかになることはないらしい。

ちなみにアウガルテン宮殿は、世界遺産シェーンブルン宮殿を設計したヨハン・ベルンハルト・フィッシャー・フォン・エルラッハの手による17世紀のバロック宮殿。暮らすだけで感性が豊かになりそうだ。

さて、ステージに上がってきたのは、カペルマイスター(指揮者兼ピアノ)と、セーラー服を着た24名の少年たち。整列しても背丈がバラッバラなのはまさに成長期。そして日本人を含むアジア系の子たちも数名いる。


合唱団はカペルマイスターのピアノに合わせて様々なジャンルの約20曲を歌う。ときにはアカペラで「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」を奏でたり、打楽器を駆使してリズムを取ったり、手拍子で観客を巻き込んだりもして、飽きさせない。

中でも目立っていた子のひとりは、歌唱力はもちろん、アンコール曲での手拍子の誘導をするときの仕草や表情が秀逸で、エンターテイナーの資質を発揮していた。あとで人に聞いたところでは、その子はウクライナから避難してウィーン少年合唱団に加わったとのことだった。才能を開花させる場に出会えて、本当に良かったと思う。

ウィーン少年合唱団は入団も狭き門で、入れば年間コンサート数は約300という、アイドル以上の活躍ぶり。でも自分やプロデューサーの意思とは関係なく、ある年齢に達したら自動的に卒業する。その限られた期間、親元を離れ、規律正しく勉強も練習もしながら、世界の人々に全力で音楽を届ける。好きなこととは言え、少年にとって並大抵のことではないだろう。そんなバックグランドを知ると、天使の歌声に癒しよりもむしろパワーをもらった気がした。


2023年5月31日水曜日

色に溺れる

オペラシティアートギャラリーで開催中の「今井俊介 スカートと風景」展。先日、その鑑賞会に参加した。閉館後の美術館を、アーティストご本人とキュレーターさんの案内で巡るという贅沢なイベント。

私は今井さんの作品を見るのは初めてで、鮮やかな色とストライプが画面いっぱいに広がる絵はポスターなどのデザイン画かと思っていたが、むしろ風景画だとわかった。並んだ色は平面にあるのではなく、図柄を印刷した紙や布を曲げたり重ねたりした状態の奥行きや動き、そしてゆがみなどを写し取ったものだそうだ。

一連の作品の原点にあるのは「知人がはいていたスカート」だそうで、人の動きとともにスカートの柄も揺らぐ「風景」にインスピレーションを受けたという。その作品も展示されている。


それぞれの作品は無関係ではなく、作品の一部を切り取って拡大したものや、揺らぎが加わったものがが別の作品になっていたりする。それらがまったく違って見えるのもまた面白い。


そして今井さんの原動力ともいえる「色に溺れる」感覚。大型の作品ではそれを感じることができる。

美術館の展示室にあるベンチは、当然のことながらテキトーに置かれているわけではない。それらは名画をゆっくり鑑賞したい、ちょっと休みたい、またはしばしばベンチに括り付けられている展覧会のカタログ見本をパラパラめくってみたい、などなどの鑑賞者のニーズに応えるものだと思っていた。でもアーティストの側にも、ベンチを置いて自分の作品をじっくり鑑賞してもらうことには、ちょっとした憧れみたいなものがあると聞き、そっち側の視点で考えたことがなかった私にとっては目からうろこだった。


今井さんご自身、作品が完成したときには座ってそれを眺めるそうだ。だから彼の作品に関してはベンチに座った位置から見るのが、作品の意図を理解するに最も適した鑑賞方法かもしれない。実際、そうして大型の作品を眺めると、色に溺れる、色に呑まれる感覚を覚えると思う。

鮮やかな色が中心の作品の中に、ひとつだけちょっと渋めの色の作品があった。聞けばたまたま旅先の店で出会った女性もののワンピースをモチーフにしたとのこと。昔から旅先の風景を描くアーティストは多いが、今井さんの場合はワンピースが旅先の風景だったのだろう。

そう考えると風景は日常のいろんなところに転がっている。もう少し自分の周りの風景を大切に意識してみよう。