2021年1月3日日曜日

ソル・ルウィットのウォール・ドローイング

2021年明けて早々の東京国立近代美術館。今年は帰省せずに都内に留まっている人が多いはずだが、さすがに三が日の人出は少なく、ゆったり鑑賞できた。

「眠り展」という、眠りをテーマにした企画展をやっている。最近、国内の公立美術館同士が協力してコレクションを結集させる展示が増えたような気がするが、これもそうで、国立西洋美術館、京都国立近代美術館、国立国際美術館の所蔵作品を交えて構成されていた。美術館はコロナの影響で来館者が減っているため、海外から大型作品を借りにくくくなっていると何かで読んだことがある。この企画がその影響を受けたものかどうかは知らないが、むしろそうした制約は、日本の多くの美術館にとってチャンスでは?と思う。海外からの作品に注目を奪われがちだったこれまでより、日本の美術館が持つコレクションが注目されやすくなる。行ったことがない美術館から出品された作品を見て「へえ、この美術館、こんないい作品持ってるんだ」と注目し、次はその美術館に行ってみたいと思う人もいるだろうし、さらには周辺地域の観光需要にもいい影響があるかもしれない。

そう言っている私も、以前はアートの旅と言えば、自分で行くにも人に勧めるにも海外を中心に考えていた。でも実際、この半年くらいで国内にある作品の素晴らしさを再認識し、「足元を見ろ」と言われたような気がしている。

さて、この東京国立近代美術館もコレクション展だけでも十分楽しめるところだが、今回は12月に公開されたばかりのソル・ルウィットの壁画に注目していた。ミニマリズムやコンセプチュアル・アートで知られるルウィットが生涯で制作した1270点以上のウォール・ドローイングのうち、769番目のものだそう。3階の「建物を思う部屋」にあり、4階からもその上部が見える。


一見、直線と曲線が無造作に描かれているような壁画は、予め決められた16種類の線のうち2つが組み合わされた四角形のマスで構成され、全部で120種類のパターンがある。

ルウィットは、自身はウォール・ペインティングの構成を決め、実際に描くのは基本的にほかの「ドラフトマン」に任せたそう。なので彼の死後(2007年没)も、作品は世界各地で作られ、展示される(多くは展覧会の期間が終われば撤去される)。このウォール・ペインティングも日本人のドラフトマンが担当している。

いわば「死なないアーティスト」のシステムを作ったルウィット。海を越えて作品を貸し借りすることも難しくなる状況さえ見越していたのだろうか。数学みたいなパターンの「指示書」が描かれた壁を見ながら思った。



2020年12月29日火曜日

琳派と印象派とアーティゾン美術館

アーティゾン美術館で開催中の「琳派と印象派」展へ。


2020年1月にリニューアルオープンして以来、この美術館の空間が気に入っている。大きなガラス面に囲まれた明るい吹き抜けのロビーは、美しいものが待っているという期待感を高めてくれる。


今回の展示の目玉は何といっても、俵屋宗達の「風神雷神図屏風」。京都・建仁寺からやってきた本物で、後期のみの展示なのでそれを待って出かけた。描かれたのは約400年も前なのに、現代の日本人の大多数がきっと一度は見たことがあり(それが光琳や酒井抱一の模写だったとしても)、誰が描いたのか知らなくても見せられれば「ああ、それ有名だよね」と認識できる日本の絵画作品はそう多くはないだろうし、そういう意味ではフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」に匹敵するポピュラーさだと勝手に思っている。(これが「モナリザ」だと、ほとんどの人がタイトルも作者も言えるレベル。)

色々な人が模写しているが、個人的には宗達のオリジナル版が、風神と雷神の色も含めて一番気に入っている。そして、以前建仁寺で複製を見たときには感じなかったーとまでは言わないがー、今回の本物の展示を見て改めて、今にも前進してきそうな風神と、宙に浮いて雷を操る雷神の「動き」を感じた。やっぱり本物は違う、などと言ってしまえばそれまでだが、むしろ「本物を見ている」という思いが、鑑賞者の気づきに影響するのだろう。今は複製も高精細で、情報量としては本物と同じかそれ以上に違いないが、複製と言われるとどこか冷めた目で見てしまう。情報をくみ取って吸収するかどうかは、見る者の心構え次第で大きく変わる。

その延長で考えると、最近よく話題になっている「オンライン・ツアー」も一種の複製。自由に旅行に行けない状況下でのエンターテイメントとしては理解しつつも、実際に旅するときに発生する「熱量」のようなものは感じることができない。その熱量があって初めて、旅は体験として吸収され、あとで「思い出」に姿を変えるのだと思う。

展示に話を戻すと、今回の企画展は琳派と印象派という東西の美術を「都市文化というキーワードで再考する」趣旨とあったが、印象派は石橋財団コレクションの真骨頂ともいえる部分で、それぞれ単独の展示としても十分見ごたえがあった。

アーティゾン美術館の展示スペースはリニューアル前の2倍の2100平米になり、充実した国内外のコレクション展が見られるのも素晴らしい。

4階のインフォルームも美しい空間。どうやら壁の棚のデザインは本のページをイメージしているよう。


絵になる建物の美術館は、それだけでもまた行きたいと思う。


2020年11月20日金曜日

詩人としてのピカソ

ピカソの展覧会は数多あれど、詩人としての側面に光を当てたものはあまりない。スペイン文化普及をミッションとするインスティテュト・セルバンテス東京で開催中の「作家ピカソ展」は、文筆家としてのピカソにフォーカスした興味深い展示。ピカソの生まれ故郷・マラガのピカソ美術館の協力による国際巡回展。好評で会期を延長していたため訪れることができた。


ピカソが詩や戯曲を書いたことはあまり知られていないと思う。ピカソの詩は「自動記述法」という、理性を介在させずに思いついたことを次々と記していく方法で書かれ、何の脈絡もない言葉がデタラメに組み合わされていて暗号のようでもある。でも中には、マラガでの子供時代の想い出や、故国スペインへの愛を感じさせるモチーフが散りばめられたものもある。

展示された詩の原稿(デジタルコピー)は、殴り書きのようなものでも、ちょっとした文字にピカソらしさが感じられたりして、アートのリトグラフを見るようだった。

ピカソが詩を書き始めた1935年は、彼が家庭の問題を抱えていた時期と重なり、絵が描けなくなって詩に傾倒したという見方もあるようだが、必ずしもそんなことはなかっただろうと思う。30年代は100枚の版画シリーズの「ヴォラール・スイート」を制作していた時期だし、1937年には「ゲルニカ」を描いている。それに、会場で上映されていた研究者のインタビューによると、ピカソ自身が「西洋に生まれたから画家になったが、東洋に生まれたら詩人になっただろう」と言っていたそうだ。あれだけ多才で、生涯にわたって作風を変化させた芸術家にとって、表現の方法は絵でも文字でも、大した違いはなかったのではと想像する。

展示では俳諧や筆などの日本文化とピカソの関わりにも触れている。2020年12月15日まで。



2020年10月30日金曜日

銀座駅の光

 銀座駅のリニューアルで設置された吉岡徳仁の作品を見に行く。



B6出口近くの壁に輝く「光の結晶 Crystal of Light」という光の彫刻。太陽光が届かない地下の空間において、636個の六角形のクリスタルガラスで、ランダムな自然光を再現したものだそう。この写真ではわからないが、世界平和への祈りを込めて光で世界地図を表している。

周りを見ると、吉岡氏の作品に合わせたかのように、駅のライティングも美しく変身していた。路線ごとに色分けされた照明が利用者たちを導く。今まで地下鉄の各路線の色は記号としか見ていなかったが、こういう色と光の空間を前にしたら、その時の気分で路線を選んでしまいそう(実際、無理だけど)。




こういう環境では、駅構内は素早く通り過ぎるもの、という習慣が崩れる。辺りを見回していたら、もう一つの作品に気づいた。

これまでの人生で何百回も前を通り、視界には入っていたはずのそのステンドグラスに初めて目を留め、近づいた。平山郁夫画伯の「楽園」という1994年の作品だった。すみません、今まで25年以上も気づかず。

吉岡氏の作品の光のお蔭で気づきが多かった銀座駅。これからは歩みを緩めて通ろう。


2020年10月29日木曜日

立川でアート・ハンティング

ドナルド・ジャッドの遺作が立川にあると知ったのは最近のこと。なんで立川に?という驚きと同時に興味が湧き、行ってみた。

立川駅北口の複合施設エリア「ファーレ立川」は、知る人ぞ知るパブリック・アートエリア。109の現代彫刻があり、全て公道上で見ることができる。現代というより20世紀アートと言った方が適切かもしれない。1994年、米軍基地跡地の再開発で生まれたその街のために、36カ国92人のアーティストたちが作品を寄せた。その中にはジャッドのように世界的に知られたアーティストも少なくない。

実際に歩いてみると、個性的な作品に彩られた街は楽しい。あちこちの車止めにも遊び心満載。



かなり存在感があるアートが街にすっかり溶け込み、当たり前になっているその雰囲気にシュールさも感じる。高さ4メートル近いこの巨大なショッピングバッグは換気口カバー。


大きな植木鉢の手前にある自転車はロバート・ラウシェンバーグの作品。駐輪場の看板で、夜になるとネオンが点灯する。


ニキ・ド・サンファルのベンチ。この人の創作活動はガウディのグエル公園にインスパイアされたと知り、とても納得する。


鉄でできたアニッシュ・カプーアの「山」。赤土のグランドキャニオンを思い起こす。鏡面の作品の印象が強い人だが、こういうのも作っていたのか。

宮島達男の作品は残念ながら故障中。でも一目で彼の作品だということはわかる。


大好きなフェリーチェ・ヴァリーニの作品も二つ。こんな近くにあったことを今まで知らずにいたなんて。きれいな円は一点からしか見えない。彼の作品は空間に突然物質を生み出す魔法のようで、わくわくする。



今年ニューヨークのMOMAで回顧展が開かれているドナルド・ジャッド。立川にある彼の遺作は、二つに仕切られた7つの箱が壁面に並んだもの。ミニマリズムと定義されるのを本人は嫌ったらしいが、直線と原色で構成されたジャッドらしい作品。作品の完成前に亡くなったジャッドの遺志を継ぎ、彼が病床で作ったプラン通りにアシスタントたちが完成させたそうだ。「無題」なので、ジャッドが立川に向けて込めたものを想像するのは難しい。


ファーレ立川では、わかりやすい紙のアートマップの他、専用アプリも用意されている。今回はアプリをダウンロードして廻ったが、これがなかなか便利だった。作品の近くに行くと自動的にその作品の説明が表示されるので、素通りしそうになっていた作品に気づくこともある。2時間弱で109の作品を全て制覇できた(と思う)。しかし、アプリが突然強制終了してしまうこと数回。バッテリーも消費が早くなるので、その点はご注意。


もしくは気ままに歩き、好きな作品との出会いを待つのも楽しいはず。立川は贅沢なアート散歩ができる街だった。

2020年10月26日月曜日

中銀カプセルタワービル

銀座8丁目にある中銀カプセルタワービルの見学ツアーに参加。かなり面白かった。

「保存・再生プロジェクト」の方の案内で建物内に入り、その歴史と現状についてのお話を伺いながら見学した。

黒川紀章の設計で1972年にできたこの独特な建物は、二つのタワーに分かれていて、合計140のカプセルがついている。カプセルは全て10平米、はめ込みの窓が一つ、ユニットバスがあるが、キッチンはない。白い壁面には作り付けの収納棚と机と、当時としては最新鋭のソニー製のブラウン管のテレビ、ラジオ、オープンリールのオーディオシステムが埋め込まれている。無駄なものは何一つなく、入居するほうも持ち物を最小限にすることが求められる。物を所有することが豊かさの象徴だった高度経済成長期にあって、このコンセプトは哲学的ですらあったと想像する。

ビジネスカプセルとして売り出された当時のパンフレットを見ると、部屋にない機能は外部から補うという考え方で、フロントコンシェルジュ、ハウスキーピング、秘書サービスなど、現在の高級サービスオフィスやホテルに通じる内容を提供していたことがわかる。ハードもソフトもかなり最先端だったこの物件は、感度の高い人々に受けたに違いない。

当初のアイディアは、取り外し可能なカプセルを25年くらい毎に新しいものに交換して、建物を永続的に維持していくというものだったが、一度も交換されずに50年近くが経とうとしている。実際、真ん中の階のカプセルだけを外して交換することはできず、上階から順番にすべてのカプセルを外さないとならないため、工事にはそれなりの費用がかかるらしい。

カプセルは分譲されていて、今もここで暮らす人、オフィスとして利用する人、またはマンスリーレンタルで宿泊する人などがいる。老朽化で諸々不便が生じているにも関わらず、その人気は根強い。海外からハリウッドセレブが見学に来たこともあり、マンスリーで利用する日本の著名人も多いそう。特に昨今は、リモートワークの場所として希望する人も増えているという。

実現しなかった黒川氏のアイディアの話が更に面白く、例えば、別の都市に同じ建物を作って、カプセルごとそっちにお引越しできるという案や、キャンピングカーのようにカプセルごと旅する案など。必ずしも一つの場所で暮らす必要性が急激に薄れている今の価値観に、奇しくもぴったり合っている。50年ほど早すぎたけれど。

しかし区分所有者の意見は、カプセル交換&保存派と、取り壊し派に分かれている。この建物は現在の建築基準法に合っていないため、一度取り壊してしまうと同じものは建てられない。建物を残すための唯一の方法は、当初の案通りカプセルを交換すること。

私は21世紀の最新の機能を搭載したカプセルに交換されたタワーの姿を見てみたい。交換されて初めてこの建物は完成するのだから。そして、ピカピカのカプセルがあちこちを自由に旅している姿を想像するのも楽しい。


イアン・シュレーガーの美空間 東京エディション虎ノ門

最近、東京のラグジュアリーホテルのオープンが続いている。 今月も日本初上陸となるEditionブランドのホテル、「東京エディション虎ノ門」が本オープンした。

建物の設計は隈研吾(これも最近、一つのスタンダードになりつつある)。パブリックスペースも客室も、木を使ったシンプルで、少し和の要素を感じさせるデザインが特徴。

その器の中に、ブランド創設者のイアン・シュレーガーのこだわりがぎっしり詰まっている。あの伝説のニューヨークのナイトクラブ「54」や、80年代にデザイン・ブティックホテルの先駆者となったロイヤルトンなどの数々のホテルを手掛けた人物。

このホテルで最も特徴的で、最初に目に入るのは、そのロビーラウンジスペース。ビルの31階に位置するこのフロアに、ジャングルのように緑が密集している。緑が目隠しの役割も果たし、プライバシーとソーシャルディスタンスを保ってくれる。



ロビーバーのグリーンのボトルのディスプレイも美しいが、ここに限らず、ホテル内に置いてあるものやその置き方すべてにシュレーガー氏のチェックが入っている。それも、かなり細かく。棚に飾られたオブジェ類は言うに及ばず、例えばラウンジのソファや客室のベッドに無造作に置かれたラグ。それを見て「あ、たたみ忘れちゃったのね」などと思ってはいけない。決して無造作にあるのではなく、造作ありありなのだ。そのヒダのひとつに至るまでラグの置かれ方は決まっていて、スタッフはそれに従って毎日「無造作っぽさ」を再現する。シュレーガー氏が作る妥協なき空間に、彼の強い美意識と、ブランドを守り育てる者としての姿勢を見た気がした。(同時に、そういう人が上司だったら部下はものすごく大変かもしれない、とも思う。)

来年2月にはスペシャルティ・レストラン「Jade Room」と、バー「Gold Room」もオープンする。準備中の店内を見せていただいた。Jade Roomは屋外のウッドテラスから東京タワーを間近に臨む。Gold Roomは黒をベースとした内装にゴールドが差し色で効いた、とてもお洒落で素敵な場所。マンハッタンのバーを思わせる、まさにシュレーガー氏の美意識を結集した空間には、ここに座ってお酒を飲みたい!と思わせる魔力があった。