昨年、ある建造物の写真を一目見て「うわあ、行きたい!」と思った。正確には写真ではなく完成イメージ図で、宙に浮かんだ王冠のようなそれは、深い峡谷で橋の役割をしているようでもあり、一瞬にして心をつかんだ。以来、それをデザインした建築家ミケーレ・デ・ルッキ氏の展覧会を心待ちにしていた。
展覧会はコロナで何度も延期になり、今月ようやく開幕。それに合わせてミケーレ氏が来日しトークセッションが開催されるという。これは何としてでも行かねば!
ということで神戸へ。展覧会に行く前にまず「六甲山サイレンスリゾート」を訪れた。
六甲山サイレンスリゾートは、近代産業化遺産に指定された旧・六甲山ホテルの建物を修復・再生した現在も進行中のプロジェクトで、ミケーレ氏が主導する。
空気は少しひんやりし、静かで、鳥のさえずりが聞こえる。セミが鳴いて蒸し暑かった山の下とは対照的。建物の周囲にはきれいに花が植えられている。
ミケーレ氏は、80年代に一世を風靡したデザイン集団「メンフィス」の中心メンバーの一人として知られる。メンフィスのプロダクトは鮮やかな色や幾何学的な図形を使ったポップなデザインが特徴で、プラスチックなどの人工素材も多く使われた。その後は脱プラスチックに転換し、現在ミケーレ氏は自然との共存や環境保護の重要性を唱え、木材中心の建築を手掛けている。
六甲山での修復においても、元のスイスコテージ風のクラシカルな建物を残し、新建材と組み合わせ見事に再生させた。2階のカフェの天井には六甲山ホテル開業当時からのステンドグラスが残る。
ミケーレ氏はその日のトークセッションで、六甲山の自然環境の素晴らしさにも触れ、ホテル棟を円形にデザインした理由は六甲の森とつながるためだと説明した。円には正面も裏側もなく、時の流れやつながりを象徴する。
デザイン・クリエイティブセンター神戸(Kiito)で開催されている「Earth Stations」展は、地球のサステナブルな未来に向けた建築の役割を考察する、ミケーレ氏のリサーチプロジェクトを紹介する企画。完全版の展示は世界初だそう(日本を選んでくれてありがとう!)
最初に述べた王冠型の建造物の正体は「クラウン・ステーション」といって、「過去と未来の中間にあるライブラリ」だとわかった。人間関係のクオリティを潤滑にする機能を持つ、相互交流の場としての建築だそう。
目を引く美しい建築デザインが並ぶプロジェクトは、見かけの奇抜さだけを狙っているのではない。それぞれの説明を読むと、環境保全、伝統文化の継承、教育、人と人とのつながりなど、人を幸せにする建築としての機能を追求していることがわかる。
トークセッションでミケーレ氏は、私は人々が求めているもの、向かっている先をデザインしている、と話した。貧しい土地に、土地の素材や伝統文化を活かした美しいモニュメントを建てることで、住む人がモニュメントを誇りに思い、更にそれを見に世界から人が訪れるという、建築が生む効果についても触れた。建築で住む人も旅人も幸せになる。素晴らしい循環だと思う。
またコロナ禍や戦争に直面する世界の現状について、「人間社会から悪がなくなることはなくても、コントロールしなくてはならない。問題の中でより良く生きていくための空間を作ることが建築家の役目だ」という発言が印象的だった。
一日を通してミケーレ氏の作品やお話に触れ、彼は自分の名を冠したモニュメントを残したいのではなく、そのモニュメントが土にかえった後も続く循環やつながりの概念を次の世代に受け継いでいきたいのだと理解した。
未来の人類の幸せのため、建築が果たせる役割、そして建築家以外の人々が建築とどう関わっていけるかについて思いを巡らせた一日。
Earth Stationsのモニュメントが世界各地に完成し、それを巡る旅を計画することを今から楽しみに思っている。