2022年10月31日月曜日

パリの美しいデパート

パリに2021年6月にリニューアルオープンした話題のデパート、サマリテーヌ(Samaritaine)は、買い物する気がない人にもお勧めのスポット。

大規模改修のためにいったんクローズしたのが2005年。再開までに16年がかかったのだから、松坂屋→GINZA SIX(4年)のはるかに上を行く。

20世紀前半のアールヌーヴォー、アールデコ建築のスタイルの復活にも主眼が置かれ、改修には熟練の金職人、鉄工職人なども参加した。

見どころの一つはセーヌ川に面したポン・ヌフ館最上階の孔雀の壁画。長年隠されていたガラスの天井がよみがえり、自然光の下で美しく輝く。描いたのは20世紀前半に活躍したフランスの画家フランシス・ジュルダン。



鉄骨の階段の装飾も優美。

美しいデパートでは売り場のディスプレイも気を抜けない。

そして反対側のリヴォリ館のデザインはSANAA。波打つガラスのファサードが目を引く。

昔の建築と現代建築の粋を集めたサマリテーヌ。尚、セーヌ川沿いの1階にはLVMHグループの5つ星ホテルシュヴァル・ブラン(Cheval Blanc)も入っている。





シャトー・ラ・コスト

ワインもアートも好きな人には、これ以上の旅行先はない。南仏プロヴァンスにあるシャトー・ラ・コスト(Chateau la Coste)はワイナリー兼ミュージアム。それもかなりハイレベルな。

マルセイユ空港から車で約30分。民家や畑しかない静かな道を進み、シャトー・ラ・コストに到着。天気のいい暖かな日曜日。レストランやショップは日帰り客でも賑わっていた。

広い敷地には5つ星ホテル、ファインダイニングのレストラン、オーガニックのワイナリー、美しいブドウ畑、そして世界的に著名な建築家やアーティストたちの作品が多数。天国のような場所に笑みが抑えられない。コロナ禍で旅ができなかった間、どんなにここに来たかったことか!

ホテル棟の Villa la Costeは28室のヴィラで構成されるラグジュアリー・アコモデーション。部屋のテラスから臨むブドウ畑のパノラマは絶景。正面に見えているのはカベルネ・ソーヴィニョンの畑。

さて、シャトー・ラ・コストの魅力をフルに理解し楽しむためには、ワイナリーツアー、およびアートツアーに参加するのがいい。

シャトー・ラ・コストは2002年にアイルランド人の富豪・Patrick McKillen氏がワイナリーを買収。そして彼は名だたる「近しい友人」たちに作品を依頼し、アートと建築の要素を追加して2011年に一般公開した。

その友人リストがすごい。ジャン・ヌーヴェルがデザインしたワイン工場だなんて。


1時間のワイナリーツアーではまず工場を見学。二つの棟があり、一棟で選別されたブドウをパイプを通してもう一棟に運び、大きなタンクで発酵させる。ここではオーガニックと手作業の要素を重視。ビオディナミ製法を取り入れ、できる限り添加物を入れないポリシーでワインを作っている。そして機械での作業と並行して必ず人間の手作業も行う。保存料の亜硫酸塩ゼロの商品も作り始めている。


工場見学の後はもちろんテイスティング。スパークリングはプロヴァンスらしいロゼ。ワインは軽やかな口当たりのものからフルボディの赤まで一通り揃う。作られた土地で飲むワインは格別!


ワイナリーツアーは工場とショップ内のテイスティングカウンターで完結するため、ブドウ畑の風景を満喫できるのはむしろアートツアーのほう。200ヘクタールの敷地内には約40の作品が点在しており、ほとんどがこの場所のために作られたコミッションワーク。その日のアートツアーは他に参加者がいなくて、みっちり2時間のプライベートツアーでほぼすべての作品をカバーしてくれた。


ツアーのスタートは安藤忠雄設計のアートセンター。


池のルイーズ・ブルジョアの蜘蛛は、六本木ヒルズにいるのより背が低い。


隈研吾の「KOMOREBI(こもれび)」という作品では、ガイドさんに木漏れ日の意味を確認され、教えてあげたら「ああ、良かった。間違ってなかった」と安心していた。英語には木漏れ日という単語はない(そういえば去年の朝ドラでもそういうエピソードがあったのを思い出した)。

鉄でできたトロッコ列車はボブ・ディランの作品。ボブ・ディランって歌う人じゃなかった? 絵や彫刻もやっていると初めて知った。鉄のパーツをすべてアメリカから運んだそうで、輸送が大変だったらしい。

フランク・ゲーリーのミュージック・パヴィリオンは、コンサート会場として使われている。

ゲーリーの作品はもう一つある。巨大な彫刻作品を中に入れた3つのショーケース。中の彫刻は彼が若い頃にインスピレーションを受けたトニー・バーラントの1968年の作品。ゲーリーのスタイルの源泉を知ることも興味深いし、バーラントとゲーリーの50年の時を超えた共演もいい話。こういう話はツアーで説明を聞かないとなかなか知る機会がない。


他にもすべて挙げることはできないが、好奇心をそそられる作品、絵になる作品、説明を聞いてへえーと思う作品がたくさんある。そして新しい作品も増え続けている。




あっという間の2時間。起伏がある土地をだいぶ歩いたのに全く疲れを感じなかった。終わるころには日が暮れかけていた。収穫が終わり少し黄色く色づき始めたブドウの葉が秋の深まりを告げている。


青空の下で散策したブドウ畑とアートの風景は魔法のようで、脳裏から離れない。もっと長く滞在したいと思わせる場所だった。

実はシャトー・ラ・コストでは、現在のヴィラよりカジュアルな新しい3つ星ホテルの建設が、来年の夏をターゲットに進んでいる。こんなことを言ったら怒られるかもしれないが、それを聞いて私は少し残念だった。エクスクルーシヴさがここでの滞在の価値を高めていると思うので、それが薄まってしまわないことを願う。

でも、また行こうと思っている場所であることには変わらない。

(2023年12月追記: 結局、新しくできるのは3つ星ホテルではなく、素敵なオーベルジュになったそうだ。楽しみ。)


2022年10月30日日曜日

ブルス・ド・コメルス

3年ぶりにやっと行けたパリ。早速、ずっと気になっていたブルス・ド・コメルス(Bource de Commerce)を訪れた。

ブルス・ド・コメルスはケリングCEOのフランソワ・ピノーの私設美術館で、2021年5月にオープン。元は穀物取引所や商工会議所として使用されていた建物が安藤忠雄の手で生まれ変わった。以前はあまり治安が良くなかったエリアの流れを変えるのにも一役買っているらしい。


中央は大きな吹き抜けの空間。ガラスのドーム天井から外光が差し込み、明るい館内。安藤氏は歴史ある建物の改装にあたり、もともと円い建物の内部に更に円筒を作り、その内側と外側に展示室を配置した。

展示室は全部で10。複数の企画展が並行し、ピノーが40年間にわたり蒐集してきた現代アート約1万点の中から展示される。


ヴェネチアにあるピノーの美術館、パラッツォ・グラッシとプンタ・デラ・ドガーナでも、歴史的建物が使われた(その時も安藤と組んでいる)。パリのブルス・ド・コメルスでも同様に、歴史ある建物を修復・改装することを選んだ。

ドーム天井を囲む19世紀の壁画も修復師が美しく再生。写真では小さくて良くわからないかもしれないが、その壁画の下で、手すりにとまっているハトたちは現代アート作品。


18世紀の穀物取引所の面影を残すのがダブル螺旋階段。重いトウモロコシの袋を担いで穀物庫と1階を行き来する運び夫たちがすれ違わなくて済むように設計されたものだそう。当時の知恵が美しいフォルムで保存されている。

現代アートと歴史が建物を通じて融合する素敵な美術館。



リミニのマラテスティアーノ寺院

イタリア、エミリア=ロマーニャ州のリミニという街はアドリア海に面したリゾート地。日本からここを目指して観光で行く人は多くないと思う(少なくとも私の周りでは聞いたことがない)。行くとしたら仕事か(大きな展示会場がある)、近くのサンマリノ共和国に行くついでに寄る、というケースがほとんどではないだろうか。

でも、もしリミニを訪れる機会があったら「マラテスティアーノ寺院」は行ってみてほしい。名前は15世紀にこの寺院の改装を依頼した人物の名前・Malatesta(マラテスタ)から取られている。

中央の祭壇にはジョット・ディ・ボンドーネ作とされる十字架がある。パドヴァでジョットのフレスコ画を見た後だったため、せっかくなので見てみようと思った次第(ちなみに私もリミニは仕事で行っていた)。

でもジョットの十字架より、むしろ教会そのものに魅了された。

大理石のファサードの外観も堂々として絵になるが、内部の装飾にも目を奪われる。



 
マラテスタ公から改装を依頼されたのは、マルチな才能を発揮し天才と呼ばれた初期ルネサンスの建築家、レオン・バッティスタ・アルベルティ。教会をリノベーションして自分と妻の霊廟にしたいという注文だった。贅を尽くしたアーチ部分の装飾や、礼拝堂を飾る彫刻の数々。やはり初期ルネサンスの巨匠、ピエロ・デラ・フランチェスカのフレスコ画もある。



後から知ったが、その後マラテスタ公は教会から除名されて失脚し、この寺院の一部は未完で終わっている。また第二次大戦中にも激しく損傷し、戦後に発見された残骸を使って修復された。修復技術がよほど素晴らしかったのだろう。見学中にそんなことは想像もしなかった。

オフシーズンで静かなリミニの街を、充実した気持ちで後にした。


ヴェネト州の旅③ プロセッコ・ヒルズと周辺の素敵な街

イタリア北部・ヴェネト州の名産の一つにスパークリングワイン「プロセッコ」がある。

プロセッコはヴェネト州と隣のフリウリ・ヴェネチア・ジュリア州の一部のみで生産される。中でもイタリアワインで最上位分類のDOCG(統制保証原産地呼称)のものは、コネリアーノとヴァルドッビアデーネの間の丘陵地帯、およびアーゾロの周辺で生産されたものに限られる。この丘陵地帯は「プロセッコ・ヒルズ」と呼ばれ、2019年にユネスコ世界遺産に指定された。急な傾斜の土地を人手で耕し葡萄の栽培に適した土壌に育てた歴史や、その景観が評価されている。

Borgoluceというワイナリーを見学した。瓶内で二次発酵、長期熟成させるフランチャコルタやシャンパンとは違い、プロセッコはそのフレッシュさ、フルーティーさを楽しむ飲み物。巨大なステンレスタンクで二次発酵させ、早ければ30日で熟成も完了。生産コストが比較的抑えられるため、価格もお手頃なものが多い。



プロセッコ・ヒルズ周辺は見どころも多い。世界遺産に登録されたパッラーディオ建築のヴィッラ・バルバロもこの近く。

魅力的な小さな街もある。それが前述のアーゾロ。15世紀にキプロスの女王だったカタリーナ・コルナーロが、キプロス王国と引き換えにヴェネチアからアーゾロを与えられた。彼女の下でアーゾロには芸術家たちが集まり、今でもその歴史はこの町に大きく影響している。

アーゾロには城壁や、ポルティコと呼ばれる屋根付きの歩道が残る。5つ星ホテルVilla Ciprianiではその美しい庭園や、周囲の丘のパノラマ風景も楽しめる。



プロセッコ・ヒルズとヴェネチアの中間に位置するトレヴィーゾも落ち着いたいい街。澄んだ水の運河が流れ「スモール・ヴェニス」とも呼ばれる。トレヴィーゾはティラミス発祥の地としても知られ、ちょうど街では「ティラミス・ワールドカップ」が開催されていた。世界中から(?)挑戦者たちが集まり、ティラミス作りの腕を競うらしい。それくらいティラミスはトレヴィーゾと切り離せない存在になっている。

トレヴィーゾでは壁画にも注目。トレヴィーゾ生まれのマリオ・マルティネッリというアーティストの作品が面白い。遠くから見るとわからないけど、金網を使った影アート。


ヴェネチアだけではもったいないヴェネト州。予定外の街に一日足を延ばしてみるだけでも、旅の深みがぐんと増す。


2022年10月26日水曜日

ヴェネト州の旅② パッラーディオ建築の街ヴィチェンツァ

初めてなのにどこかで見たことがある建物。ヴィチェンツァの「ラ・ロトンダ」からはそういう印象を受けるかもしれない。

北イタリアのヴィチェンツァは、ヴェネチアから電車で最短約45分、ヴェローナから同約25分、フレスコ画で有名なパドヴァからはわずか15分でアクセスできる。そこに残る16世紀の建築家アンドレア・パッラーディオの建築は「ヴィチェンツァ市街とヴェネト地方のパッラーディオのヴィッラ」として世界遺産に登録されている。

パッラーディオは1508年にパドヴァで生まれ、10代後半から生涯のほとんどをヴィチェンツァで過ごした。ヴィチェンツァでは彼の建築家としての初期の作品から最後の作品までが見られる。

冒頭で述べたラ・ロトンダは、建築家として脂がのったパッラーディオ50代後半の作品。街の中心からは外れるが、ヴィチェンツァ駅からバスで10分程度で行ける(週末のみ公開)。個人の邸宅として建てられたラ・ロトンダは周りの自然と建物との調和も美しい。

ラ・ロトンダはローマのパンテオンに影響を受けている。そしてラ・ロトンダを含むパッラーディオ建築は世界中の様々な建築にインスピレーションを与えてきた。アメリカのホワイトハウスもその一つ。なのでほとんどの人がどこかで一つくらいはその流れを汲む建物を(写真だけでも)見たことがあるはず。

ラ・ロトンダの堂々として均整がとれた姿は、建築家でなくても「お手本」と呼びたくなる。4面にファサードがあるのが特徴で、どこから見ても正面のようなスキがない造り。でも4面が全く同じなわけではなく、パッラーディオは各面が周りの風景と調和するよう微妙に調整したらしい。

一方室内は、左右均等な外面とは対照的に、著名な画家に描かせた優美なフレスコ画で埋め尽くされている。


市内中心のシニョーリ広場に面した「バシリカ・パッラディアーナ」は、パッラーディオの出世作。15世紀に建てられた建物の改修案として、まだ30代だったパッラーディオはアーチと柱を組み合わせた開口部を持つロッジア(開廊)を設けることを提案。後に「パッラーディアン・ウィンドウ」と呼ばれるこの様式が用いられた最初の例だった。このバシリカをきっかけにパッラーディオは、北イタリアのトップクラスの建築家の仲間入りをした。

バシリカは公会堂として利用されており、訪れた日は1階のホールでは地元の子供向けのワークショップをやっていた。

運良くバシリカ最上階のテラスに出られる日で、そこからの時計台やシニョール広場の眺めも素晴らしかった。ヨーロッパの街には必ずと言っていいほど美しい広場があり、地元の人々で賑わっている。



パッラーディオの生涯最後の作品は1580年に着工した「テアトロ・オリンピコ」。世界初の屋内劇場。実はここもラ・ロトンダも、パッラーディオは完成前に亡くなっており、その跡を継いだのがヴィンチェンツォ・スカモッツィ。テアトロ・オリンピコの遠近法を使った舞台背景はスカモッツィの手によるもので、これが劇場をより魅力的にしている。舞台の奥には広い街が続いているような錯覚を起こさせ、スケールを大きく感じさせる。




もうひとつ、番外編的なお勧めは「パッラーディオ・ミュージアム」。テアトロ・オリンピコのチケットを買う際、「2か所以上行くならこれがお得よ!」と受付の人に勧められるままに市内の観光地4か所に入場できる共通券を買ったので、「ついで」のつもりで入ってみた。そうしたらこれが結構面白い! 8つの展示室は「石の部屋」、「絹の部屋」、「ヴェネチアの部屋」など材料やテーマ別に分かれていて、パッラーディオ建築に関する最新の研究成果を、模型を含むマルチメディアで展示。


あちこちの部屋で見かける「壁に浮かぶおじさん」たちもいい。大学教授などの専門家が白い壁にプロジェクターで投影され、ひとりで延々と説明をしている姿がけなげでユーモラス。



ヴィチェンツァ市内には他にもパラッツォ・キエリカーティ(市民絵画館)や、サンタ・コロナ教会(ベリーニの絵画「キリストの洗礼」もある)のヴァルマナラ礼拝堂などのパッラーディオ建築がある。是非、ヴィチェンツァで一日パッラーディアン・ウォークを。