イタリア・ヴェネト州の都市パドヴァ。紀元前に成立した北イタリア最古の都市のひとつとされる。14世紀のフレスコ画群で知られ、2021年に8か所がユネスコ世界遺産に指定された。パドヴァのフレスコ画は色鮮やかで写真映えもするので、宗教画としてだけでなくビジュアルアートとして楽しめる。中でも有名なのはルネサンスの礎を築いたとされるジョットの「ユダの接吻」。美術史の本でもよく見かける。
パドヴァはヴェネチア島のサンタ・ルーチア駅から直行電車で最短27分、本土側のメストレ駅からは同15分というアクセスの良さ故、日帰りで訪れる人も多い。しかしフレスコ画だけでも全て網羅するには一日では足りず、それ以外にも、やはり世界遺産に指定された世界最古の植物園もあり、本来は一泊以上滞在してじっくり見たい街。「駆け足でめぐろう」などと都合がいいことを考えてはいけない。
・・・とはいえ限られた旅のスケジュール。どうしても時間が足りない時のため、パドヴァの世界遺産のフレスコ画群の中で特に見るべきはこれ!というものを極めて主観的に選んでみる。
1.スクロヴェーニ礼拝堂(The Scrovegni Chapel)
ここは外せない。礼拝堂内部の全面を飾る壁画はジョット・ディ・ボンドーネの代表作で、1304年から05年にかけて制作された。平面的で無表情な絵が当たり前だった当時、ジョットの奥行きの表現や人間らしい表情は革命をもたらし、その後のルネサンスにつながったとされる。
さて、ここからが15分間のカウントダウン。一歩入ってその美しさに気持ちが高揚するが、立ち止まっている暇はない。入口から見て一番奥の壁が最後の審判。左右の壁が聖母マリアとキリストの生涯。天井はブルーの星空にキリストや聖母子のアイコンが描かれている。「ユダの接吻」は窓があるほうの左の壁の真ん中あたりにある。
2.パドヴァ大聖堂洗礼堂(The Cathedral Baptistery)
圧倒的なフレスコ・スペクタクル。スクロヴェーニ礼拝堂に影響を受けたジュスト・デ・メナブオイが1375年から78年に描いたフレスコ画は、ジョットの遠近法を更に進めてイリュージョン効果を発揮している。
限られた空間に新約聖書と旧約聖書の物語がぎっしり凝縮され、空白ひとつ残っていない。天井のドームは天国を表し、中央に天使や聖人たちに囲まれ聖書を手にしたキリストが、その下に聖母マリアが描かれている。
こちらが壁画を見つめるというより、四方八方から壁画に見つめられているようで、吸い込まれそう、というより呑み込まれそうな感じがする。現代人でも例えばチームラボを初めて見たらかなり驚くが、14世紀の人々がこの空間に身を置いた当時の驚きは、そんなレベルをはるかに超えていただろう。
見学は30分ごとに時間枠が区切られ、土日は要予約(空きがあれば当日でも入れるようだった)。ここも最初に前室で概要ビデオを見て、音声はビデオにシンクロしたイヤホンガイドで聞く。洗礼堂に入ってからもこの音声ガイドが続き、説明に該当する壁に照明が当たり、「次にこちらをご覧ください」と順に解説してくれるので見落としがない。
3.ラジョーネ宮(Palazzo della Ragione)
パドヴァ大聖堂から徒歩5分。1階部分は12世紀の完成当時から市場として利用され、800年が経った今もヨーロッパ最古の市場として賑わっている。
フレスコ画はかつて裁判所だった2階の「Great Hall」にある。階段を上がったところの回廊も美しい。
大きな体育館のようなホールは80×27メートル、天井高40m。現存する中世のホールでは最大級で、大きな壁面を埋め尽くすフレスコ画もまた圧巻。ここのフレスコ画の特徴は宗教画ではないことで、占星術や人々の生活などがモチーフになっている。動物の絵はここで開かれた様々な裁判のシンボルを表している。最初のフレスコ画はジョットが手掛けたが、1420年の火事で焼失してしまい、後の芸術家たちがジョットの作風をリスペクトして描き直した。中世の占星術のフレスコ画で残っているものは稀とのことで、その点でも興味深い。
4.サンタントニオ大聖堂
パドヴァの聖人・聖アントニオの聖遺物が保管されており、世界から多くの巡礼者が訪れる。ジョット、メナブオイ、ジョットの弟子のアルティキエーロなどのフレスコ画のほか、ドナテッロの彫刻もある。朝早くから開いているので、ここから見学を始めれば時間を有効に使える。内部は撮影禁止。
順路に従って歩いていくと聖アントニオの墓があり、順番にそれに触ることができる。聖アントニオといえば地元の人にとっては氏神様のような存在。旅行者としては何を祈ればいいのだろう?と考えながら自分の番になり、イタリアに到着したばかりだったので、頭に浮かんだ旅の安全を祈った。
聖堂を出た後、ああいうとき大人の旅行者としては、世界平和とかもっと利他的なことを祈るべきだっただろうか、などと一人で反省。
でも帰国してから思い返し、とても良い旅となったのは聖アントニオの恩恵だったかも、と改めて思っている。