2022年10月23日日曜日

ヴェネト州の旅① 駆け足でめぐるパドヴァのフレスコ画

イタリア・ヴェネト州の都市パドヴァ。紀元前に成立した北イタリア最古の都市のひとつとされる。14世紀のフレスコ画群で知られ、2021年に8か所がユネスコ世界遺産に指定された。パドヴァのフレスコ画は色鮮やかで写真映えもするので、宗教画としてだけでなくビジュアルアートとして楽しめる。中でも有名なのはルネサンスの礎を築いたとされるジョットの「ユダの接吻」。美術史の本でもよく見かける。

パドヴァはヴェネチア島のサンタ・ルーチア駅から直行電車で最短27分、本土側のメストレ駅からは同15分というアクセスの良さ故、日帰りで訪れる人も多い。しかしフレスコ画だけでも全て網羅するには一日では足りず、それ以外にも、やはり世界遺産に指定された世界最古の植物園もあり、本来は一泊以上滞在してじっくり見たい街。「駆け足でめぐろう」などと都合がいいことを考えてはいけない。

・・・とはいえ限られた旅のスケジュール。どうしても時間が足りない時のため、パドヴァの世界遺産のフレスコ画群の中で特に見るべきはこれ!というものを極めて主観的に選んでみる。


1.スクロヴェーニ礼拝堂(The Scrovegni Chapel)

ここは外せない。礼拝堂内部の全面を飾る壁画はジョット・ディ・ボンドーネの代表作で、1304年から05年にかけて制作された。平面的で無表情な絵が当たり前だった当時、ジョットの奥行きの表現や人間らしい表情は革命をもたらし、その後のルネサンスにつながったとされる。


見学は前日までに予約が必要で、ひと枠の人数は20名程度、見学時間はわずか15分間。この制限時間は結構な緊張感がある。まず入口でバッグをクロークに預けるよう言われるが、カメラや携帯電話の持ち込みや撮影はOKなので、取り出すのを忘れずに。予約時間になると、まず礼拝堂の脇に作られたガラスの建物の中に案内される。そこで15分間、フレスコ画の説明のビデオを見ながら待機するが、ただ前の人が終わるのを待っているわけではなく、この建物で過ごす時間は壁画の保存にとても重要な役割を果たしている。礼拝堂の中と外の空気を分離し、壁画に有害なガスや物質が礼拝堂内に入らないよう、ガラス室内の空気を(見学者ごと)浄化しているのだ。15分経過し、空気が落ち着いたところで礼拝堂内に通される。

さて、ここからが15分間のカウントダウン。一歩入ってその美しさに気持ちが高揚するが、立ち止まっている暇はない。入口から見て一番奥の壁が最後の審判。左右の壁が聖母マリアとキリストの生涯。天井はブルーの星空にキリストや聖母子のアイコンが描かれている。「ユダの接吻」は窓があるほうの左の壁の真ん中あたりにある。




最下段には善と悪を表した絵が並ぶ。大理石のように見えるのは実はだまし絵で、これもジョットの革新的な試みの一つらしい。といった内容をその場で把握するのは、よほど宗教画に精通した人でないと無理なので、何が描かれているかを事前にある程度予習していったほうがいい。気持ちのゆとりが15分間の鑑賞満足度を左右する。その一方で、何の予備知識がなくても感動できる空間でもあると思う。



2.パドヴァ大聖堂洗礼堂(The Cathedral Baptistery)


圧倒的なフレスコ・スペクタクル。スクロヴェーニ礼拝堂に影響を受けたジュスト・デ・メナブオイが1375年から78年に描いたフレスコ画は、ジョットの遠近法を更に進めてイリュージョン効果を発揮している。

限られた空間に新約聖書と旧約聖書の物語がぎっしり凝縮され、空白ひとつ残っていない。天井のドームは天国を表し、中央に天使や聖人たちに囲まれ聖書を手にしたキリストが、その下に聖母マリアが描かれている。

こちらが壁画を見つめるというより、四方八方から壁画に見つめられているようで、吸い込まれそう、というより呑み込まれそうな感じがする。現代人でも例えばチームラボを初めて見たらかなり驚くが、14世紀の人々がこの空間に身を置いた当時の驚きは、そんなレベルをはるかに超えていただろう。

見学は30分ごとに時間枠が区切られ、土日は要予約(空きがあれば当日でも入れるようだった)。ここも最初に前室で概要ビデオを見て、音声はビデオにシンクロしたイヤホンガイドで聞く。洗礼堂に入ってからもこの音声ガイドが続き、説明に該当する壁に照明が当たり、「次にこちらをご覧ください」と順に解説してくれるので見落としがない。


3.ラジョーネ宮(Palazzo della Ragione)

パドヴァ大聖堂から徒歩5分。1階部分は12世紀の完成当時から市場として利用され、800年が経った今もヨーロッパ最古の市場として賑わっている。

フレスコ画はかつて裁判所だった2階の「Great Hall」にある。階段を上がったところの回廊も美しい。

大きな体育館のようなホールは80×27メートル、天井高40m。現存する中世のホールでは最大級で、大きな壁面を埋め尽くすフレスコ画もまた圧巻。ここのフレスコ画の特徴は宗教画ではないことで、占星術や人々の生活などがモチーフになっている。動物の絵はここで開かれた様々な裁判のシンボルを表している。最初のフレスコ画はジョットが手掛けたが、1420年の火事で焼失してしまい、後の芸術家たちがジョットの作風をリスペクトして描き直した。中世の占星術のフレスコ画で残っているものは稀とのことで、その点でも興味深い。



4.サンタントニオ大聖堂

パドヴァの聖人・聖アントニオの聖遺物が保管されており、世界から多くの巡礼者が訪れる。ジョット、メナブオイ、ジョットの弟子のアルティキエーロなどのフレスコ画のほか、ドナテッロの彫刻もある。朝早くから開いているので、ここから見学を始めれば時間を有効に使える。内部は撮影禁止。

順路に従って歩いていくと聖アントニオの墓があり、順番にそれに触ることができる。聖アントニオといえば地元の人にとっては氏神様のような存在。旅行者としては何を祈ればいいのだろう?と考えながら自分の番になり、イタリアに到着したばかりだったので、頭に浮かんだ旅の安全を祈った。

聖堂を出た後、ああいうとき大人の旅行者としては、世界平和とかもっと利他的なことを祈るべきだっただろうか、などと一人で反省。


でも帰国してから思い返し、とても良い旅となったのは聖アントニオの恩恵だったかも、と改めて思っている。