2019年12月15日日曜日

クリスマスに向かう街

クリスマス前のロンドン。メイフェアのホテル「Claridge's」には、クリスチャン・ルブタンデザインのクリスマスツリーが飾られ、ロビーは宿泊客以外にも記念撮影に訪れた人で賑わっていた。


ルブタンの靴のオーナメント
街はクリスマスを迎えるために綺麗に飾り付けられ、夜はイルミネーションが輝き、とても美しい。

そして、びっくりするほど人が多い!

12月初旬のロンドンでは、ショッピングストリートはクリスマスのための買い物客でごった返し、車も渋滞、地下鉄に乗れば朝の銀座線のような混雑。

まるで、毎年必ずテレビ中継が入る「年末のアメ横」さながらだった。

日本でもクリスマスはもはやドメスティック行事の一つとして定着しているが、クリスマスを迎えるの準備の盛り上がりでは、ヨーロッパにはかなわない。


一方、前述のアメ横然り、初詣の明治神宮然り、お正月関連の人出は必ずニュースになる。年越しそばの天ぷらや、おせちの卵焼きを買うためにデパート開店前から大勢の人が並び、1時間、2時間待って買って帰る。これだけオンラインでできることが増えた今でも、ことお正月に関しては、日本人のDNAに「リアルな体験」が組み込まれているんじゃないかとさえ思う。同じことがヨーロッパの人にとってのクリスマスにも言えるかもしれない。

そんなお正月を前に、比較したら控えめな日本のクリスマスも、人々がフルスイングで臨むヨーロッパのクリスマスもどちらも、街はきらめき、人々はちょっと浮足立ち、旅していても心が躍る。



2019年12月14日土曜日

「岩窟の聖母」デジタル体験

レオナルド・ダ・ヴィンチ没後500周年の今年、パリのルーヴル美術館など各地で関連の展覧会が開催されている。ロンドンのナショナル・ギャラリーでも、同館が保有する「岩窟の聖母」をフィーチャーした展示が行われている。


「Leonardo: Experience a Masterpiece」と題されたこの展示は、デジタル技術を駆使し、「ダ・ヴィンチのマインドを通して傑作『岩窟の聖母』を探求する」という試み。常設展示なら入場無料のところ、この作品たった一点を膨らませて20ポンド(約2900円)も取ろうというのだから、かなり意欲的なプロジェクトである。

結論から申し上げると、なかなか面白かった。ダ・ヴィンチがこの作品を制作する際にモチーフにしたと思われる風景の投影に始まり、次のアトリエを再現したスペースでは、キャンバスや壁に映像やテキストが投影され、赤外線で見た下絵や、ルーヴル版とロンドン版の二つの「岩窟の聖母」の驚くべき類似性も確認できる。


ハイライトはもちろん、本物の「岩窟の聖母」。ロンドン版のこの作品がもともと飾られていたミラノのサン・フランチェスコ・グランデ教会の祭壇をデジタル画像で再現し、その中央に作品を置き、両脇には当時あったとされる天使の絵が投影される。当時この作品が飾られていた様子が少し想像できる。


こうして映像を中心とした現代の技術で作品のコンテクストを説明する手法は、近い将来、オーディオガイドに代わる存在になるのではないだろうか。ARの技術で、本物の作品を見ながらその周辺情報を再現・提供することが、美術館の新しい役割になるのかもしれない。
礼拝堂の構造を空中に投影したもの

パリのルーヴル美術館でのダ・ヴィンチ展では、もう一点の「岩窟の聖母」を含む、空前絶後と言われるラインアップのダ・ヴィンチ作品が展示されているが、会期終了までチケットは売り切れ。今、ダ・ヴィンチを見たければ、ナショナル・ギャラリーに行けば、作品は一点だけだが、コンテクストも含めてじっくり鑑賞できる。



「オラファー・エリアソン: In Rael Life」展

ロンドンのテイト・モダンで開催中の「Olafur Eliasson: In Real Life」展を見た。

エリアソンと言えば光と色を使ったインスタレーション作品の印象が強い。2003年にここテイト・モダンで彼が手掛けた「Weather Project」では、人工のオレンジ色の太陽と霧を出現させ、大きな話題となった。今回は1990年から約30年間の40作品を展示した回顧展のスタイルを取っている。


最初の「Model Room」では、、彼のこれまでの作品で使用された様々な型のモデルが並ぶ。時節柄、クリスマスオーナメントを思わせる。


初期の作品の中で人気なのは1993年の「Beauty」。暗闇の中に霧のカーテンが浮かび上がる。


体験型作品の極みは「Your Blind Passage」。色がついた霧が立ち込める通路をひたすら進む。1m先にいる人の影さえはっきりしない濃い霧の中で、自分もが霧の中に消えて行きそうな気になる。結構シュールな感覚。


また、彼が90年代から作り続けているカレイドスコープのシリーズには、理屈抜きで見入ってしまう。


今回の展示で、エリアソンの環境問題への取り組みを改めて知ったのは、彼が子供時代から訪れているアイスランドの氷河の消失を示す写真作品を見たとき。


対になった写真が並び、それぞれ左が20年前、右が現在で、同じ位置から撮影している。明らかに氷河が消えていっているのが分かる。子供のころから当たり前のように接し、永遠にあるものだと思っていたものが、そうではなかったことに、エリアソンはショックを感じたそうだ。

視覚的にはいわゆる「エリアソンらしい」作品ではないが、私はこの作品が最も印象に残った。そして光も、霧も、水も、常に同じはないことを、彼の作品に意識するようになった。




サン・ポール・ド・ヴァンスとマーグ財団美術館

仕事で南仏のカンヌを訪れた後、ニース空港へ向かう途中で、付近の気になるアートスポットに寄ってみることにした。

最初に目指したのはカンヌから50分ほどのヴァンス(Vence)にあるRosary Chapel。一般的には「マティス・チャペル」と呼ばれるアンリ・マティスが装飾を施した礼拝堂。しかし、行ってみると残念ながら閉館中。毎年この時期は閉めているらしい。

外見だけでも、マティスらしい遊び心が感じられる。内部はステンドグラスから差し込む光が大理石の床に反射し、それは美しいと聞く。今回は外から眺めて想像するに留める。

ここで、地元出身で以前はガイドをしていたというドライバーのオリヴィエさんに、サン・ポール・ド・ヴァンスと、マーグ財団美術館に行くことを勧められた。違う美術館に行くつもりでいたが、いずれも気になっていた場所なので、お勧めに従うことに。

中世の要塞都市だったサン・ポール・ド・ヴァンス(Saint-Paul de Vence)は、小高い丘の上にある。シャガールが20年間暮らしたことでも知られ、多くのアーティストや詩人、映画関係者たちを惹きつけてきた。

城門を入り、石畳の細い道を歩き始めると、道の両側のほぼすべての店と言っていいほどアートギャラリーが並んでいる。こんなにアートギャラリーが多い町を見たことがあっただろうか?


ローカルアーティストから巨匠まで、ラインナップもテイストも店によって違うが、それぞれに味がある。


マーグ財団美術館(Fondation Marguerite et Aimé Maeght)は、サン・ポール・ド・ヴァンス旧市街から10分ほどの高台にある。フランスで最初の私立アート財団で、ヨーロッパの近現代アート作品13,000点以上という卓越したコレクションを持つ。創立者のエメ・マーグ氏は、20世紀を代表する多くのアーティストたちと親交があった。彼はミロ、レジェ、ブラックの3人とともに、もともと美術館としてではなく、アーティストが集う場所としてここを作った。建物と庭園は20世紀のスペインの著名な建築家ホセ・ルイ・セルトの設計。

南仏の自然に囲まれ、明るい屋内と、彫刻が並ぶ庭園が一体となったこの場所は、ルイ・ヴィトンのファッションショーの会場に選ばれたこともある。屋内外の作品は、各アーティストが設計者のセルトと相談しながら、建物と自然に溶け込むように制作した。

屋内ではミロ、ブラック、レジェ、シャガールなど充実したコレクション作品の他、Ra'anan Levyというイスラエルのアーティストの企画展示があった。



中庭にはジャコメッティの「歩く男」が。こんなに爽やかなジャコメッティは、ここと、デンマークのルイジアナ美術館でしか見たことがない。


建物の後ろは「ミロのラビリンス」という、ミロの彫刻とセラミック作品が点在するスペース。ここもミロ自身がデザインした。


マーグ財団美術館の素晴らしさは、展示作品の充実だけでなく、20世紀を代表するアーティストたちの黄金期のユートピアを想像させることだと思う。観光客を意識した庭園美術館とは違う、アーティストたちの自発的なエネルギーが調和した、稀有な場所である。

次回はもっと時間を取って再訪したい。