2023年12月31日日曜日

ワインとアートとボールペン

フランス・ボルドー右岸の「Chateau de Ferrand(シャトー・ド・フェラン)」は、ワインとアートをここならではの形で融合させたユニークなシャトー。

創業は18世紀初め。1977年にボールペンのBIC社の創業者マルセル・ビック氏が買い取り、現在は娘のポーリーヌさんご夫妻が当主を継いでいる(ちなみに夫のフィリップさんの実家はモエ・エ・シャンドン)。

ポーリーヌさんの代になってから、シャトーは一大リノベーションを敢行。内装は建築デザイナーのPatrick Jouin氏に依頼した。ヴァン クリーフ&アーペルのパリや銀座の店舗や、マラケシュのホテルLa Mamounia等も手掛けた人。Jouin氏の特徴ともいえる透明感や柔らかな曲線はこのシャトーでも発揮され、機能とエレガンスを見事に両立。例えばテイスティングルームは、プロのテイスティング用にワインの色がはっきりとわかるライトとテーブルが設置されているが、雲のように浮かんだお洒落なライトはそんな実務的理由を意識させない。


イベントやセミナーに利用されるオランジェリーは、空と雲をイメージした天井と、木と革張りの椅子が並ぶ美しく居心地のいい空間。


前述のテイスティングルームの壁は春夏秋冬を描いた絵で覆われている。これがまさに、家業のアイデンティティを活かした「BICアート」の一つ。アーティストのAlexandre Daucin氏がBICのペン1種類だけを使って描いた作品で、とても細密な描写が部屋の四面の壁に展開している。さて、これを完成させるのに何本のBICペンが使われたでしょう?





正解は7本。絵を実際に見たら、こんなに細かくて大きな絵にたったの7本?と驚くと思う。「BICペンはこんなに長く描けます」という説得力はこの上ない。

他にも館内には、BICペンを使った、またはテーマにしたコミッションアートがあちこちに展示されている。



もちろんワインの評価も高い。シャトーでは2010年から、土壌の改良やブドウの植え替え、栽培方法の変更などの改革をした。その結果、Chateau de Ferrandのワインは2012年以降、サンテミリオンの格付けでグラン・クリュを獲得している。作るのはメルロー主体のまろやかな赤ワインのみ。ヴィンテージによって異なる個性を大切にしており、違うヴィンテージを順番にテイスティングするとそれが良くわかる。


シャトーにはゲストルームも3室あるので、宿泊してワインとディナーのペアリングを堪能することをお勧めする。BICペンの4つのカラーをテーマにしたコースもある。

ディナー後はファミリーのプライベートアートコレクションをじっくり鑑賞した。世界のアーティストたちにとってBICペンは身近な画材。様々なアーティストたちがBICペンで描いた作品のコレクションにはジャコメッティ、マグリット、ダリなど、20世紀を代表するアーティストたちも含まれ、BICペンとアートの深いつながりを感じる。

ボールペンの繊細な線とワインのまろやかさが絶妙な相性に思え、心地よく印象に残った。


2023年12月28日木曜日

カンヌの夜がバージョンアップ?

トレードショーに参加するため4年ぶりに南仏のカンヌへ。

眩しい太陽と輝く海。冬でも昼間はコート要らず…のはずが、今年は東京の初冬が暖かすぎたせいか、12月初めのカンヌはいつもより寒く感じた。それでもやはり、一年中サングラスとテラス席が似合うこの街は魅力的で、気分がいい。


でも日が暮れると気温はガクンと下がる。カンヌの夜は、海岸通りのいくつかのホテルがライトアップされ、ブランドショップのショーウィンドウの照明がついている以外は比較的おとなしい。例年クリスマスシーズンには、商店街などにはそれらしい飾りが出ているけれど、特に力を入れている感じはなかった。

今年リノベーションを終え再オープンしたカールトンホテル

そんなわけで、昼間のミーティングが終わり、カクテルパーティに2軒くらい顔を出した後のカンヌには見るものもなく寒いので、足早にホテルに向かっていたとき、今回は路面にクルクルと回る光のアートを発見。それも一か所ではなく街のあちこちでクルクル。少しずつ色や柄が異なり、人通りが多くはない場所でも静かに回っている。これ結構いいな、と、ちょっと足を止めて眺める。


今年のカンヌのクリスマスはこれだけではなかった。角を曲がって目に飛び込んできたのは、なんとも派手に光る建物。


前面がプロジェクションマッピングに覆われたその建物は「Eglise Notre Dame de Bon Voyage(良い旅のノートルダム教会)」。1815年にエルバ島を脱出したナポレオンが最初に立ち寄った教会で、安全な旅の守り神とされている。その白い壁は投影にうってつけのスクリーンだった。


いつ始まったのかわからないが、5年ほど前からカンヌ市が老朽化した教会の改修をしていたらしいので、外壁の修復が終わった後、あのクルクルと合わせて市が始めたのだろうかと想像する。一晩中続く投影は治安の維持にも少しは役立つのかもしれない。

しかしこのインパクトは、夜のカンヌでは間違いなく目立っている(いや、浮いている)。

普段はおとなしい教会の変貌にちょっと驚いたが、どうせやるならこれからも続けてくれるかしら、デザインも毎年変えてくれるかしら、今回は静止画だったけどいっそ動画にも挑戦してくれるかしら、などと勝手に期待が膨らみ、結局、来年のプロジェクションを楽しみに思っている私。

翌朝出かける頃には教会はいつもの姿に戻ってすましていた。


2023年10月10日火曜日

香港 M+

2021年11月に香港の西九龍文化地区(West Kowloon Cultural District)にオープンし、世界的な話題となった「M+」。遅ればせながら最近ようやく見に行った。

M+はアジアで初めて20世紀以降のビジュアル・カルチャーに特化した美術館。ヘルツォーク&ド・ムーロンがデザインした建物の中に、17,000平方メートルもの展示スペースを持つ。ヴィクトリア・ハーバーに面した壁面は巨大なLEDディスプレイになっていて、夜は向かいの香港島から見ても良く目立つ。



M+のコレクションはアジアの絵画、彫刻、写真、版画などのほか、デザイン、建築、映像まで、視覚的なものを幅広くカバーしているのが特徴。特にデザインの分野では日本が占める比率が高く、日本人にとっては懐かしいものも多い。メディアでよく紹介されているのは、倉俣史朗氏が内装を手掛けた80年代の新橋の寿司店「きよ友」をそのまま移築した展示。のれんをくぐって店内の様子も見られる。


他にもダイハツミゼットやソニーウォークマンなど、戦後の昭和で一世を風靡したヒット商品の現物が並ぶ。最近の80年代ブームのように、古いものが逆に新鮮に見える。


ポスターやCM映像を展示した一角からは「グランバザール♪グランバザーアーー♪」という聞き覚えのあるCMソングが! 思い出すことはなかったかもしれないものと、時を経てこうして香港の美術館で再会できたことが、なんだか不思議で感慨深い。


M+のもう一つの柱は、1970年代から40年間の中国美術を集めたシグ・コレクション。最も包括的な中国現代アートコレクションとされるが、中国政府が最も検閲に目を光らせる部分でもある。残念ながら訪問時はシグ・ギャラリーが展示準備中で閉鎖されていたので、全貌は見られなかった。また次回。


地下1階では草間彌生のインスタレーション「Dots Obsession」に人が集まる。巨大水玉に圧倒される楽しい空間。


3階のルーフガーデンはお勧めの写真スポット。西九龍文化地区全体が見渡せ、対岸の香港島の風景も臨める。


西九龍文化地区は、40ヘクタールの埋め立て地に新たな活気ある文化地区を造る一大プロジェクト。現在はM+のほか、香港故宮文化博物館やパフォーマンスセンターがあり、ウォーターフロントプロムナードを散策できるアートパークがそれらをつなぐ。2024年にはシアターコンプレックスも完成予定。

M+とこの地区が、アートを通じて様々な声や文化を世界に発信し続けられますように。


2023年10月9日月曜日

ドバイのアート地区

ドバイで質の高いアートホッピングを楽しむなら、アルサーカル・アヴェニュー(Alserkal Avenue)へ。

オープンは2008年。倉庫街だった場所がアートやカルチャーのハブとして再生された。現在は約20軒のアートギャラリーの他、デザインやアート、ファッション関連の企業やショップ、飲食店など計約80のテナントが入る。


訪れたのは気温40度を超える午後で人影はまばら。開いていたアートギャラリーを順に巡る。建物の中はエアコンでキンキンに冷えている(生き返る!)

ギャラリーによって扱うアーティストはインターナショナルだったり、中東、アフリカ、アジアなどの地域に特化していたり、新進アーティストから著名な現代アーティストまで幅広い。どのギャラリーもおしなべて作品のレベルは高く、展示も洗練されている。きっと中東各国や世界から訪れるハイエンドなアートコレクターを顧客に持っているのだろう。



でもアルサーカル・アヴェニューは、一部のコレクターだけをターゲットに作られたわけではなく、地元のクリエイティブコミュニティの創生や、アーティストの育成の拠点となることをミッションとして今日まで発展してきた。

立ち寄ったお洒落なカフェでは、自家製パンのサンドイッチのレベルも高かった。チェーン店を安易に入れず、厳選したローカルビジネスで固めているのがわかる。時間があればアート以外のお店もチェックしてみると、ハイブランドのショッピングモールとは違うドバイローカルの魅力を発見できるはず。

そんな文化的地区で暮らす猫は、灼熱の太陽の下、シャンとして行儀が良かった。


アルサーカル・アヴェニューの開発はこれからも続きそう。また行ってみたい。



2023年10月6日金曜日

ドバイフレーム

街中にそびえたつ黄金の額縁。未来的な高層ビルが並ぶドバイで「Museum of the Future」と同様に独自路線を行くその建物は「ドバイフレーム(Dubai Frame)」。


高さ150m、幅95m。巨大過ぎるし、周りとの調和など全くないマイペースさは、シュール過ぎて笑ってしまう。

2018年にオープンしたドバイフレームは、二本の垂直なタワーを水平なブリッジでつなぐ構造になっている。なんでも世界で最も高い額縁型建造物としてギネスにも認定されている(そりゃそうでしょうよ。他にもあるの?)

でも、ただ奇をてらっただけではなく、その形にはちゃんとした目的がある。額縁の3辺を使ってドバイの過去、現在、そして未来を見せるアトラクションなのだ。

見学は片方のタワーの低層部にある「オールド・ドバイ・ギャラリー」からスタート。漁村だった頃の様子や、当時の人々の暮らしや、市場の店の様子などが紹介されている。


そのタワーをエレベーターで上辺部分のスカイデッキへ一気に上がる。ガラス張りのエレベーターから見える景色に、ドバイって意外と緑が多いのねと思いながら。


高さ150mのスカイデッキは展望デッキとしては高くはないが、両サイドで対照的なドバイの「今」が見られるのがポイント。片側は開発が進み超高層ビルが建ち並ぶ風景。反対側は低層の建物が遠くまで規則正しく並んだオールドタウン。



もう一つの売りは一部がガラス張りになった床。額縁の下辺を見下ろせる。かなり強そうなガラスなので心配はないと思う…。


展望デッキを堪能した後は、上がってきたのとは反対側のエレベーターでまた一気に下り、最後は「フューチャー・ドバイ・ギャラリー」へ。ドバイの50年後くらい?の未来のイメージを没入型の映像と音声で体験する。これは臨場感があって楽しい!


ということで、ドバイフレームは見た目より中身がずっと真面目だった。外から写真を撮るだけでなく、是非入場してみると、知らなかったドバイの一面が見られると思う。


2023年10月1日日曜日

Museum of the Future

ドバイといえば超高層ビルが立ち並ぶ風景。中でも高さ828メートルの世界一高い(2023年時点)ビル「ブルジュ・ハリファ」に象徴される。

でも最近は高さ以外で注目される建物もあり、その一つがMuseum of the Future(未来博物館)。


アートオブジェのような外観に「これ建物なの? 中どうなってるの?」と目が釘付け。どこが正面かもよくわからないが、ミュージアムのロゴから判断するにこの写真は裏側らしい。

ここはその名の通りドバイの未来を展示したミュージアム。Shaun Killaが設計し、2022年2月22日にオープンした。ドバイ首長が未来について書いた詩を引用したアラビア文字が表面を覆い、ロビーに入るとそれが透かし模様になっていて美しい。


入場者はまず「スペースシャトル」で一気に5階に上がり、2071年の宇宙ステーションへ。約50年後の宇宙開発を垣間見る。


文字情報も結構多めな宇宙フロアから次へ進み、雰囲気が一変するのが「The Library」。数千の生物の種の「DNAライブラリ」という設定で、ずらりと並んだ3D標本が様々な色にライトアップされ、なんとファンタスティック! 説明の要らない未来のラボラトリー。

他のフロアでは未来のウェルネス、近未来テクノロジーなどのテーマが展示されている。2階からは屋外デッキに出て、ドーナツ型の建物の細いほうを間近で見られるのでお見逃しなく。


展示内容はまだ見ぬ未来のことなので、正直、ピンとくるものもこないものもある。最大の見どころは今は何といってもやはり、有機的な曲線で未来を示したこの建物だと思う。上に向かって伸びるドバイのビル群を後目に、この建物は未来でもユニークな存在でいるだろうか、それともスタンダードになっていくだろうか?




2023年9月14日木曜日

デイヴィッド・ホックニー展

東京都現代美術館で開催中の「デイヴィッド・ホックニー展」を見た。ホックニーの60年以上の画業を追った大回顧展だが、過去の振り返りよりむしろ、86歳にして進化し続けるホックニーの今に目を見張る。

ホックニーは都会の風景や肖像画のイメージが強い人かもしれないが、近年は色鮮やかな花や自然の風景を描いていて、そうした多くの作品が今回、日本で初公開されている。特に2010年以降手掛けてきたiPadドローイングが素晴らしい! 新しい手法に挑戦し、それを軽やかに自分のものにして世界を拡げているのがホックニーのすごいところ。


圧巻は長さ90mの大絵巻「ノルマンディーの12か月」。2019年以降、フランスのノルマンディーに居を構えたホックニーは、コロナ禍の2020年に220枚のiPadドローイングを作成し、それをつなぎ合わせてこの大作を完成させた。「お家時間」の使い方としてこれ以上のものってあるだろうか…。


ノルマンディーは多くのアーティストにインスピレーションを与えた土地で、モネなどの印象派の画家たちもその光と風景の瞬間を閉じ込めた作品を描いた。ホックニーは1年間に及ぶ定点観測と制作を経て、ノルマンディーの四季が美しく移ろう様を、物語のようにひとつの作品に仕上げている。端から端までたどるとノルマンディーに行きたくなる、そんな旅心を誘う絵巻。


出る頃にはすっかりホックニーファンになってしまった。


2023年8月3日木曜日

姫路で見たチームラボ

この夏、姫路でチームラボの展示を2つ見た。

ひとつは書寫山圓教寺で開催中の「認知上の存在」。966年創建の圓教寺は「西の比叡山」とも呼ばれ、海抜371mの山の上にある。ロープウェイで志納所がある山上駅まで、ガイドさんの説明を聞き、遠くは瀬戸内海までの景色を見ながら上る。

ロープウェイに同乗していたほとんどの人は、立派な伽藍が配置された広大な境内を歩いて廻るようだった。その日は35度越えの猛暑。私は迷わず志納所からマイクロバスに乗った。とはいえそれも途中の摩尼殿の近くまでしか行かず、そこからチームラボの展示がある食堂(じきどう)までは結構な上り坂を10分くらい歩くしかない。山なのだから仕方ないか。炎天下、とにかく素早く着くことを目標に速足で行く。

食堂は二階建ての仏堂としては最大で、長さ約40m。国の重要文化財に指定され、映画「ラスト・サムライ」のロケにも使われたという輝かしい経歴を持つ。

一歩中に入ると、焼けつくような太陽の眩しさからは隔絶された静けさ。展示室内はとても暗いので係の人が誘導してくれる。

展示作品は大雑把にいうと赤と白の二つ。いずれも食堂の長さを奥行として活かしている。白は「質量のない太陽、歪んだ空間」という作品。光で満たされたトンネルを手前から見る。光の明るさは常に変化し、境界線がはっきりしない。


赤いほうは「我々の中にある巨大火花」。こちらは奥まで歩いて行ける。奥にある球体の近くまで行って後ろを振り返ると、壁があるわけではないのに自分の影が目の前にあった。


境界の曖昧さ、認知している世界の不確かさが二つの作品の共通のテーマ。目まぐるしい動きはなく、鑑賞者を静かに迎える瞑想の空間のようだった。


さて、ロープウェイで下に降り、今度は姫路市立美術館へ。世界遺産・姫路城を臨むレンガ造りの建物。ちょうど中谷芙二子氏の「霧の彫刻」が出現するタイミングで、外国人観光客の親子が嬉しそうにミストを浴びて涼んでいた(たぶん彫刻とは思ってない)。


ここで並行開催されているチームラボの展示は「無限の連続の中の存在」。展示は5つのエリアに分かれている。

カラフルなドットが躍るフォトジェニックな空間もその一つ。手で触れるとドットがバラバラになり、また近い点同士が自然に揃っていく「引き込み現象」、つまり秩序の形成を表現しているとのこと。


様々な植物が生まれて花を咲かせ、やがて枯れていく様子を繰り返し描いた作品は、美しさと儚さ、生命のサイクルを感じさせる。

そして一番奥の部屋にいるのは、人、それとも神?

姫路の二つのチームラボ展は、存在とか生命とか無限とか、そういうことをちょっと考えさせる体験だった。


2023年7月6日木曜日

Jewel at Night

シンガポールのチャンギ空港から夜のフライトに乗る前、少し早めに着いて「Jewel」へ。「Rain Vortex」がカラフルにライトアップされていた。


白く降り注ぐ昼のRain Vortexも迫力があるが、夜もなかなかいい。


8月中旬まではMarvelとタイアップしているらしく、入り口にアイアンマンの巨大フィギュアがあった。20時に始まった光と音のショーでもMarvelのヒーローキャラクターたちが次々に浮き上がる。きっとMarvelファンにとってはたまらない。ファンじゃなくてもショーは5分程度で終わるので飽きない。こういう滝の使い方もあるのねと感心しながら見る。



Jewelはターミナル1に直結、ターミナル2、3にも連絡通路を歩いて行けるので、フライト前に楽しめる。