2021年4月28日水曜日

霧の彫刻とランドスケープミュージアム

霧の彫刻を見に、長野へ行った。

今年4月10日にリニューアルオープンした「長野県立美術館」(旧・長野県信濃美術館)。2017年10月から3年半にわたって休館した後、コンセプトも新しく人々を迎えている。


「ランドスケープ・ミュージアム」として生まれ変わった美術館は、周りの自然と調和しながら、人々が自由に行き来できる屋内外のオープンスペースを充実させ、公園のような存在を目指している。

そのコンセプトに沿ったひとつの目玉が前述の「霧の彫刻」。1970年から世界で霧の作品を作り続けている中谷芙二子氏の最新作。3年ほど前に銀座のメゾン・エルメスフォーラムでの「グリーンランド」展でも霧を発生させていた。お父様の中谷宇吉郎氏は世界で初めて人工雪を作ることに成功した人だそうで、その娘の芙二子氏が人口霧を作っているというのは、なんだか素敵な遺伝子だと思う。

長野県立美術館の霧の彫刻は、時間になると水辺テラスでゆっくり発生し、風に乗って辺りを漂い始める。霧はそのうち、時に滝に近い勢いで噴出し、周りが一切見えなくなるほど真っ白に立ち込めたかと思えば、また晴れてを繰り返す。この「パフォーマンス」はただ外から見るだけでなく、霧の中を歩けるのも魅力。人口の霧と自然の風のコラボレーションに翻弄されながら鑑賞する一種の没入型アート。



美術館は城山公園の中にあり、霧の彫刻は公園を訪れる誰もが見られる。現時点では毎時30分から15分間程度、1日8回披露されている。春の青空の下、あらゆる年代の人が霧に魅了され、楽しんでいた。

本館屋上の「風テラス」もオープンアクセスのスペースで、隣の善光寺と背後の山々を一望できる。景色を眺めるベンチも完備され、気持ちのいい日光浴スポットでもある。

別館の東山魁夷館は建築家・谷口吉生氏の設計で、こちらは2019年にリニューアルオープンした。コレクション展は白い馬のシリーズなど代表的な絵画の他、あまり見たことがないヨーロッパ旅行の際のスケッチもあり、東山魁夷が生きた時代や人生にも興味が湧いた。


本館では、デジタル技術で文化財を再現させた企画展を6月まで開催しているが、「グランドオープン記念展」は8月かららしい。そういえば美術館の周りの土地はまだ工事中なので、今はソフトローンチ期間なのだろうか?(どこにもそうは書いていないけど。)

今後はコレクションを活かした企画展も期待される長野県立美術館。建物の中も外も十分楽しみたい新アートスポットだった。



2021年4月17日土曜日

日常の中の芸術

家からそう遠くないところに「東京しごとセンター」という東京都の施設がある。その前を通るたびに、すべすべした感触が見ただけで伝わってくる、滑らかなラインの大きな石の彫刻を心地よく見ていた。しょっちゅう通る場所なので、それは私の日常の一部となっていた。

ある日、たまたま見たスペインのカナリア諸島の映像で、現地に日本人アーティストの屋外彫刻があることを知った。それは、いつも通る近所のすべすべ石のすぐ後ろにある白いゲート型の作品とよく似ていた。

「あれ?もしかして」 調べてみると、近所にあったその彫刻も、カナリア諸島の彫刻と同じ安田侃(やすだ かん)の作品だと初めてわかった。安田氏は北海道出身で、イタリアをベースに活動している著名な彫刻家。東京ミッドタウンや直島など日本全国各地だけでなく、様々な外国にも作品が飾られている。

近所のすべすべ石と白いゲートは二つとも安田氏のもので、セットで「生思有感」という作品だった。


なんと。これまでずっと知らずにいたのが、なんだかもったいない! ということは、しごとセンターにある他の彫刻も、やはり著名なアーティストの手によるものなのでは…?

もう一つ、金属の球体から空に向かってラインが躍る彫刻も、なかなか素敵だと思っていた。

改めて行ってみて、作家や作品名の表示を探したが、ない(私が見落としているのかもしれないが、その気になって探している人が見つけられないなら、ないも同然)。東京しごとセンターのウェブサイトにも一切情報がない。直接聞いてみようと初めて建物に入ると、入口の吹き抜けの天井にもなんだかすごそうなオブジェがある。この施設は2004年にできたそうだが、当時の東京都には結構潤沢な予算があったのだろうか。

インフォメーションカウンターに座っていらしたおじさんに、「外の彫刻の作者と作品名を知りたいんですが」と聞くと、そんな質問は想定外だったに違いないおじさんは、一瞬キョトンとした後、にこやかに「ああ、どこかに書いてあったかな…」と、卓上にあった書類を少し探してくれたが、「ありませんねえ、ごめんなさい」と言った。

帰ってホームページから問い合わせてみたところ、翌朝には広報担当の方からお返事があった。

前述の金属の彫刻は、伊藤隆道氏の作品「ひかり・空中に」とのこと。資生堂のショーウィンドーデザインを長く手掛け、動く彫刻でも第一人者とも呼ばれる人。ひょっとしてこの作品も動くのだろうか?一度も見たことないが、動いてもおかしくなさそうな雰囲気ではある。(追記: 後日改めて問い合わせたところ、動かないとのことだった。残念。)

建物内の吹き抜けのオブジェは、多田美波氏の「躍」。故人だが、光を反射するステンレスなどの金属やガラスの作品を多く手掛けた女性彫刻家だった。

もう一つ、他の作品に比べるとあまり目立たないが、正面玄関に向かって左側には堀内正和氏の「曲と直」がある。20世紀の彫刻家で、日本の抽象彫刻の先駆者とされる。

こんなに身近にあったアートスポット。その価値をよく知らずに日常の一部になっていたのは贅沢というべきか。パブリックアートは、必ずしも作家や作品名を知ってもらうことが目的ではないし、見た人がいいと思えばそれでいいし、何も知らない住民の日常に溶け込んでいたほうがむしろ意図に沿っているのかもしれない。でも、少しの情報発信があれば、必要な人には届き、結果として作品がもっと生きるのではないかと思った。

私はここを通るのが、以前よりも少しだけ楽しみになるだろう。


2021年4月2日金曜日

肥後細川庭園

春の晴れた日、肥後細川庭園へ。椿山荘や東京カテドラルのすぐ近く。

幕末に肥後熊本の細川家の下屋敷があったところで、大きな池を中心とした典型的な池泉回遊式庭園。戦後は都の土地となり、「新江戸川公園」という、残念ながら庭園の個性が全く想像できない平凡な名前で呼ばれていたが、4年前の2017年春に今の名称になったそう(良かった)。現在は文京区の管理下にあり、無料で公開されていることに懐の深さを感じる。



隣の神田川沿いの桜並木はもうピークを越えていたが、庭園の門を入ると小さな花々が咲き、新緑が美しい。立派な池に映る風景を見て、やはりここは公園ではなく、庭園と呼ぶのがふさわしいと思う。

遊歩道に沿って、池の周りの山を模した斜面を少しだけ上がってみると、台地の湧き水の小さな滝もいくつかあり、郊外の自然の中を歩いているような気分になれる。ふと、どこにいるのかを忘れそうになった。

お勧めは、細川家の学問所だった建物「松聲閣(しょうせいかく)」の2階からの眺め。向うの方にビルが見える以外は、明治時代から変わらぬ庭園全体の風景が見渡せる。

ちょっとしたパワースポットかも?と感じた都内のオアシス。