2021年6月29日火曜日

駒形克己展とクレマチスの丘

静岡県のヴァンジ彫刻美術館へ。複数の美術館が入る「クレマチスの丘」にある。

2021年8月末まで開催中の企画展「小さなデザイン 駒形克己展」を見た。同氏の初期から現在までの作品を展示している。どちらかというと造本作家として印象に残っていた人だが、グラフィックデザイナーとして様々なブランドのロゴやレコードジャケットなどを手掛けていらしたことを知った。

一見冷たくも感じる美術館のコンクリートの建物の窓から、庭園の鮮やかな緑が見える。そこに駒形氏の作品が最初からあったかのようにマッチし、楽しい風景を作っている。




「小さなこと」を大切にしてきたという駒形氏。テーブルにずらりと並んだ小さな紙の絵本たちは、いずれもシンプルで無駄がなく、でも温かく美しい。


駒形氏の展示は、見る者に整った感覚を残してくれた。

さて、この美術館の「主」、ジュリアーノ・ヴァンジのほうは、今年90歳(1931年生まれ)のイタリアの具象彫刻家。その彫刻は、ユーモラスでユニーク。


上の写真は「チューブの中の女」という作品だが、どうして女がチューブの中に入ってしまったのか、当然何の説明もないし、想像もつかない。

でも庭園にある彼の作品は意外なほど自然と調和している。トスカーナ出身の彼の唯一の個人美術館が静岡にある理由は知らないが、これ以上の環境はないのではと思えるほどだった。様々な花が咲く手入れが行き届いた庭園が、それぞれのストーリーを展開する彫刻たちをおおらかに包み込んでいる感じ。シュールなメルヘンの世界を散歩しているような気分だった。


クレマチスの丘には、ほかにベルナール・ビュッフェ美術館もある。ここも世界最大のビュッフェ・コレクションを誇り、その2000点に及ぶ収蔵品の中から、常時100点以上を展示している。ビュッフェをまとめて見る機会はそうないと思うので、ビュッフェファンならずとも見ごたえを感じるはず。建物の前にある昆虫の彫刻もビュッフェの作品。こんなのも作っていたとは。


クレマチスの丘は三島駅から車で約30分(シャトルバスあり)。敷地内にはきれいな鉢植えを沢山並べたフラワーショップや、緑に囲まれたレストランもある。充実のアートと自然とプラスアルファを満喫した時間だった。

2021年6月27日日曜日

資生堂アートハウス

掛川駅の近く、新幹線沿いの細い道にひっそりと建つ資生堂アートハウス。

到着すると、緑の芝生の上で風にそよぐかのようにくるくる回る彫刻が目に入る。動く彫刻の第一人者・伊藤隆道の作。


アートハウスがあるのは資生堂の工場の敷地内。芝生に入れないので、横長の建物の全貌を撮影するのが難しい…。手前の芝生の斜面と一体になった直線部分から、奥の曲線部分に続いていく。外から見ると鏡になっている曲面ガラスは、通る新幹線を美しく映すことを意図したのだそう。谷口吉生と高宮真介の設計で、70年代のモダニズム建築の傑作として日本建築学会賞を受賞している。


中では資生堂が持つアート・コレクションを展示している。入場は無料。

訪問時はヴィンテージ香水瓶の企画展示をやっていた。資生堂は300点近くの香水瓶コレクションを保有しているそうで、今回はその中から1900年代初頭から第二次世界大戦前までのものを中心に70点が展示されている。バカラとラリックが大半を占め、アール・ヌーヴォーからアール・デコにかけての時代の優美なデザインが並ぶ。


一つ一つ、香水の容器などではなく芸術品としか言いようのないボトルを見ていると、香水とは、視覚と嗅覚、更には瓶を手に取った時の触覚にも訴える、稀有な芸術だと思えてくる。もちろんそこで展示されている瓶は視覚でしか感じることが出来ないけれど、例えば1920年代に飛行機での最初の旅行ブームが起こったときのエキゾチシズムをテーマにしたデザインからは、当時の人たちのまだ見ぬ世界への憧れや期待まで伝わってくる。香水瓶は時代の精神さえ映す。




後半はコレクションの彫刻の常設展。建物の中から庭の大型彫刻も鑑賞できる。


見学者は数人いたが、駐車場には車がなかったので、ご近所の方が多いのだろう。地域に愛される美術館は、いいなと思う。

素敵な美術館だった。時にはこだまに乗って、静かにアート鑑賞できるこんな場所を訪れたい。



2021年6月4日金曜日

あかりは軽い イサム・ノグチ展

東京都美術館で開催中の「イサム・ノグチ 発見の道」展を見てきた。

出迎えてくれるのはたくさんの「あかり(Akari)」たち。

和紙で作られた150灯のあかりの、森のようなインスタレーションが、落ち着いたファンタジックさを出す。間違いなくこの展覧会で一番人気の写真撮影スポットだが、はしゃぐのではなく、静かに鑑賞したい気持ちに自然になる。

展示は3フロアにわたり、最初のフロアのテーマは「彫刻の宇宙」。インスタレーションの周りに惑星のように展示された彫刻たちは、ニューヨークのイサム・ノグチ財団・庭園美術館の他、国内の様々な美術館から来ている。

次のフロアは「かろみ(軽み)の世界」。ノグチの中であかりの「light」は軽さの「light」につながっていたことを知り、二つの言葉の重なりに今更ながらハッとする。明るさは軽く、軽いものは明るくしてくれる。なんだかとても腑に落ちる。


ここには、遊園地を作りたかったノグチの真っ赤な「プレイスカルプチュア」と、石や金属のユーモラスな彫刻群が展示され、さながら屋内版「彫刻の森」のよう。多くの作品にとてもユーモラスな名前がついている。たとえば「ジャコメッティの影」とか、「マグリットの石」とか、「宇宙のしみ」、「道化師のような高麗人参」といったものもあり、「あー、なるほどね」と、くすっと納得しながら鑑賞。ノグチのプレイフルな側面を感じる。

最後のフロアは「石の庭」(なぜかこのフロアだけ撮影禁止)。石の彫刻10点が展示され、ほとんどが香川県・牟礼のイサム・ノグチ庭園美術館から出展されている。ニューヨークと往復しながら、牟礼を日本の制作アトリエとしていたノグチの当時の映像も上映されている。

会場にあった年表が広島の原爆慰霊碑のことに触れていた。1951年に丹下健三の招きで広島を訪れたノグチは大きな衝撃を受ける。そして丹下と広島市長の依頼もあり原爆慰霊碑の制作のデザインに没頭しするが、結果的にノグチが提案したデザインは不採用になってしまう。現代ならイサム・ノグチの提案を断ったと知れたら、それこそ大議論が巻き起こるに違いないが、戦後間もなかった当時、アメリカ人であるノグチが原爆慰霊碑を手掛けることに反対の声があったのは仕方がなかったかもしれない。

その実現しなかった原爆慰霊碑のモデルは、ニューヨークのイサム・ノグチ財団・庭園美術館にある。行ける日が来たら、それを見に、そして今回の展示では見られなかった多くのノグチ作品を見に、行ってみたい。

2021年6月2日水曜日

間に合ったモンドリアン展

6月に入り、休業していた都内の多くの美術館が再開。緊急事態宣言中に終わってしまった展覧会もあるが、SOMPO美術館の「モンドリアン展」は、会期終了5日前に再開してくれた。

昨年、独立した新棟に移転・リニューアルオープンしたSOMPO美術館は、高層ビル内にあったときよりもアクセスしやすく、美術館らしくなった。

今回のモンドリアン展では、展示作品70点中の50点がオランダのデン・ハーグ美術館のもの。デン・ハーグ美術館はモンドリアンの作品を300点以上収蔵している。随分前に訪れた際、そこで見たモンドリアンの作品に「こんなのも描いてたんだ」と思った記憶がある。私を含め多くの人が「モンドリアン」と聞いて思い浮かべる、あの、直角に交わる黒い線と、赤・青・黄の原色の絵とはだいぶ違う作品もあった。一生同じ作風だけで通すアーティストなどほとんどいないので、違って当たり前なのだが、そういうのを見ると何か意外な発見をしたようで、名前でしか認識していなかったアーティストの人生に興味が湧いたりする。

SOMPO美術館でも、風景画、印象派の影響、キュビズムなどを経て、「デ・ステイル」を結成、広く知られた「コンポジション」シリーズに到達するまでをほぼ時系列で追っている。コンポジションのシリーズは最後の数点のみで、むしろそれ以外の時代の作品が中心。それがかえって面白かった。

モンドリアンは中心的な位置にいたデ・ステイルを8年で脱退している。なんでもリーダーのテオ・ファン・ドゥースブルフが、垂直・水平の線よりも「斜めの対角線のほうが重要だ」と主張し始め、それがモンドリアンとしては許せなかったらしい。

もし彼のコンポジションに斜めの要素が入っていたら、あのインパクトはなかったかもしれないし、イヴ・サンローランのドレスにもなっていなかったかったかもしれない。

この展覧会は1872年生まれのモンドリアンの「生誕150年目」を記念したもの。「生誕150周年」にあたる来年2022年には、スイスのバイエラー財団美術館で記念の展覧会が予定されている。そちらはモンドリアンがどのように作品を描いたのかとか、作品に込められた意図を探る主旨だそうで、それも面白そう。来年はスイスに行けるようになっていますように。