2017年12月22日金曜日

クライス5

チューリヒの「クライス・フュンフ(Kreis 5)」地区は、工業地域が再開発されたトレンドスポットとして知られる。

冬の夜、カラフルにライトアップされた列車の高架下。「Viaduct」と呼ばれるここには、ショップやレストラン、生鮮食品のマーケットなどが並ぶ。

東京のガード下とはかなり違うお洒落な店内で、地元の人々がお酒や食事を楽しんでいた。


質の高いアートも集まる。ビールメーカーのレーベンブロイの元醸造所の建物には、コンテンポラリーのMigros Museumや、世界トップクラスのギャラリーHauser & Wirthなどが入居する。 Hauser & Wirthは見るだけでも充実感があった。


チューリヒで2,3日過ごすなら、覚えておきたい場所。


2017年12月21日木曜日

ジャコメッティのバラ色の天井画

チューリヒの警察署は、実は隠れた必見のアートスポット。

扉を入ってすぐの玄関ホールは「ジャコメッティ・ホール」と呼ばれる。そこはアーチ形の天井がバラ色に彩られた、美しく夢のような空間がある。

(内部は撮影禁止なので、写真はこのサイトでご覧ください。https://www.zuerich.com/en/visit/attractions/giacometti-hall )

天井と壁は花の絵で埋め尽くされ、幻想的にライトアップされている。2か所の壁には、労働者の絵と、天文観測をする人の絵がある。

描いたのはアウグスト・ジャコメッティ。針金のような彫刻で知られるアルベルト・ジャコメッティの父親の従弟に当たる。

この天井画と壁画は、元は孤児院だった建物を、市の警察の本部に改修した際に制作されたというから、驚く。元々あった天井画を警察署が残したのではないのだ。警察というイメージからは程遠い、ファンタジックで、一歩入れば誰もがうっとりとたたずむような空間が、警察の建物のために作られた。そこにどういう意図があったのかはわからないが、とにかくここは見に行く価値がある。

アウグストはジャコメッティ・ファミリーの中でもチューリヒにゆかりが深い。彼の作品はKunsthaus Zurich(チューリヒ美術館)でも見られるし、また、グロスミュンスターなど市内の教会にもステンドグラス作品が残る。

でも、この玄関ホールの感動は、他にはない。必見。


2017年12月16日土曜日

オスカー・ラインハルト・コレクション

スイスのヴィンタートゥールは、アートファンなら一度は訪れたい街だ。

チューリヒから列車で25分ほどのヴィンタートゥールは、スイスで6番目の人口を持つ都市。19世紀には工業や金融などの産業が栄え、資産家たちがパトロンとなり文化と芸術の都となった歴史を持つ。今ではハイテク産業の中心地だそうだが、観光客にとっては「City of Museums」なのだ。

代表的な美術館は「オスカー・ラインハルト・コレクション アム・レマーホルツ」。

オスカー・ラインハルトは裕福な貿易商の家に生まれ、アートパトロンだった父親の影響を受け自らもアート蒐集に情熱を注いだ人物。ラインハルトが愛する作品に囲まれて暮らした邸宅が、彼の死後、1970年に美術館として公開された。


ラインハルトは特にフランスの印象派絵画を愛したが、それに限定せず、ヨーロッパ美術を包括的にカバーした美術館を作ることを目指した。コレクションは19世紀のフランス絵画を中心に、後期ゴシックから20世紀まで及び、ゴヤ、ドラクロワ、コロー、クールベ、モネ、ルノワール、セザンヌ、ゴッホなどが名を連ねる。


しかし彼の興味の対象は優れたアーティストであり、歴史上の文脈や、特定のアーティストの作品を集めることにはあまり関心がなかったらしい。優れた作品という観点で集めた結果、各時代の粋を集めた珠玉のコレクションが生まれた。


展示はラインハルトの実際の作品の飾り方に近く、必ずしも時代別ではなく、芸術的アプローチによって分かれている。特に最も大きな「The Picture Gallery」と呼ばれる部屋には、様々な時代の様々なアーティストの風景画が比較展示されている。聖地へ向かう道という宗教的な意味が背景にあった17世紀半ばのフィリップ・デ・コーニンクの作品と、同じような風景だが宗教の要素が消えた19世紀初めのジョン・コンスタブルの作品、そして雰囲気や光にもっとフォーカスした19世紀後半の印象派ルノワールの作品が並ぶ。また別の部屋では、18世紀半ばのジャン・シメオン・シャルダンの桃の静物画と、19世紀終わりにやはり桃を描いたセザンヌの静物画が並んでいる。

素晴らしいコレクションを、そのコレクターの視点を通して鑑賞できるのは興味深い。

ラインハルトのコレクションのうち、18世紀から20世紀のドイツ、スイス、オーストリア美術は、彼自身がヴィンタートゥール市に寄付し、1951年にオスカー・ラインハルト美術館として公開され現在に至る。こちらも必見。公園の中の古い校舎を使っている。



そのクラシックな館内に突然、現代的な空間が出現。階段の上のギャラリーでは20世紀スイスの新即物主義の展示があった。


オスカー・ラインハルトの二つの美術館は、1-day Museum Passを買って、ヴィンタートゥール駅から1時間に1本出ているミュージアムバス(ミニバン)で廻るのがいい。このほか、レジェ、クレー、モンドリアンなどモダンアートが見られるヴィンタートゥール美術館も、オスカー・ラインハルト美術館のすぐ近くにある。

2017年12月10日日曜日

クリスマス in チューリヒ

クリスマスシーズンのヨーロッパの街は、どこも美しく、そして楽しい。

チューリヒでも、街のあちこちに大きなクリスマスツリーが立ち、大通りはカラフルなライティングに溢れている。

オペラハウスの隣の広場では、市内最大のクリスマス・マーケットが開催されている。クラフトやジュエリー、地元産のグルメアイテム、スナックなど、様々な露店がぎっしりと並び、昼間から大勢の人で賑わう。雪もちらつく寒さの中、人気アイテムはグリューワイン。皆、スパイス入りの温かいワインで暖を取りながら散策してる。


チューリヒの街角では、メインのマーケット以外にも小規模なクリスマス・マーケットをあちこちで見かける。そしてどこも賑わっていて、寒い夜に暖かな雰囲気を醸し出す。



夕方、通りを歩いていたら、クリスマスソングを歌う合唱隊の声が聞こえてきたので、行ってみると、「シンギング・クリスマス・ツリー」の周りに大きな人だかりができていた。最初、遠目には分かりにくかったが、ツリーの中の赤い飾りに見えるのは、合唱隊の人たち。赤い服を着てツリー型のステージに立つ、まさに歌うツリーなのだ。歌がとても上手な合唱隊の体当たりなパフォーマンスが素晴らしい。

東京でも美しいクリスマスイルミネーションが見られる場所はたくさんあり、かなり洗練されている。でも、街中がひとつになってクリスマスを待ち望んでいるようなワクワク感は、本家にはやはり敵わない、と思った。

メリー・クリスマス!


2017年12月7日木曜日

カンヌのピカソ「ヴォラール・シリーズ」展

カンヌのLa Malmaisonで開催中の「Picasso La Suite Vollard」展を見た。

Malmaisonはクロワゼット通り沿いに海に面して建つ小さな美術館。結構いい展示をしていることが多いのに、いつ行ってもものすごくすいている。ゆっくり鑑賞できるのはありがたい。


「Suite Vollard」(ヴォラール・シリーズ)は、当時のやり手のアートディーラー、アンブローズ・ヴァロールの依頼でピカソが制作した100点の銅版画。1930年代前半から後半にかけて制作された。ちょうど「ゲルニカ」に続く時期に当たる。パリのピカソ美術館が所蔵する全100点が一挙に展示されるのは初めてのこと。そんな意義のある展示が、コートダジュールの青い海と青い空、プラス、コンベンションモードのせわしさ溢れるカンヌでひっそりと行われていることが、なんだか勿体なくもあり、贅沢でもある。

ピカソの銅版画の傑作とされるこのシリーズは、全て1937年以降、当時のマスタープリンター、浮世絵でいえば摺師の、ロジェ・ラクリエールによって印刷された。

彫刻家とモデル(多くの場合、マリー・テレーズ)を描いたものが多く、後のほうになると彫刻家の代わりにミノタウロスも登場する。単色の線だけで構成されていてもピカソらしさが溢れており、その後の絵画作品にもつながるモチーフやテーマを見つけるのも楽しい。


この展示は「Picasso-Méditerranée」(地中海のピカソ)という、2017年から19年の3年間、ヨーロッパ各地で開催されるピカソ展プロジェクトの一環。9月にヴェネチアのペギー・グッゲンハイム・コレクションで見た「Picasso on the Beach」展もその一つだったと後で知る。

カンヌでのSuite Vollard展は2018年4月29日まで開催中。カンヌを訪れる機会があったら、1時間だけでも時間を割いて見に行くことをお勧めしたい。








2017年11月4日土曜日

太古に帰る場所 江之浦測候所

美術館でも、庭園でも、アートパークでもない。江之浦測候所は、一つのジャンルで語れない場所だった。

今年10月9日に小田原の相模湾を臨む高台にオープンした江之浦測候所は、アーティスト杉本博司氏が長年の構想を経て実現した場所。

見学は1回最大50名までの完全予約制。古代の人口密度と同じ一人当たり230坪の専有面積で見学できる。オープンして間もないのに外国人客が多かったことに、杉本氏の国際的な評価の高さを改めて実感する。


江之浦測候所には夏至、冬至、春分・秋分のそれぞれの日の出の光が正面から貫く回廊がある。古代のアートの起源は、天空の自分の場を確認する作業にあったことから、天空を測候することに立ち戻り、古代人の心を再体験する場所として作られた。


そして小田原の海は杉本氏個人の記憶の原点でもあるそうで、まさに相模湾のこの海が、あの「海景」シリーズの原点だったのだと知る。「夏至光遥拝100メートルギャラリー」には世界中の海を写した作品が並び、突き当りには本物の海景が待っている。


古代ローマ劇場を模した観覧席の前にはガラスの能舞台。その向こうに広がる海の青さに息を呑む。東京からそう離れていない場所の海がこんなに美しい色を見せるなんて。これも意外な発見だった。


 敷地内には、古墳時代の石鳥居から鎌倉から江戸時代の礎石や石灯篭、12世紀のヴェネチアの大理石レリーフなど、様々な時代・場所の石の遺物が配置されている。それらはまるで最初からそこにいたかのように、素通りしそうなさりげなさで溶け込んでいる。


更にこの場所は、あと5000年経ったときにどうなるかも考えて作られているらしいから、すごい。時間軸のスケールが違う。

見学している人たちもそれぞれに、ゆったりとした気持ちで散策を楽しんでいる様子だった。いつもより時間がゆっくり流れているような気がした。


ここは色々読んだり聞いたりするより、とにかく、行って体験すべき場所だと思う。晴れ渡った日なら青い海を、そうでない日はまた違う表情の海景を眺めながら、太古に思いを馳せる貴重な体験ができる。


2017年10月26日木曜日

上野で、北斎とゴッホを見る

最近、上野で二つの美術展を見た。一つは国立西洋美術館の「北斎とジャポニスム」展、もう一つは東京都美術館の「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」。ほぼ同時にスタートしたこの二つの展示は、事前のすり合わせがあったのか全くの偶然なのか知らないが、いずれも「日本が海外の美術に与えた影響」というテーマを扱い、展示している作品の時代やアーティストも重なっている。

「北斎とジャポニスム」のほうは、葛飾北斎の作品と、それに影響を受けた(と思われる)西洋の作品を並べた興味深い展示。セザンヌ、モネ、ゴッホなど、名だたるアーティストたちの作品に隠された北斎の影響に、「なるほど!」と新たな視点を与えられる。かなりの点数があり、作品の組み合わせを見つけるだけでも相当の年月を要したのではと想像される。

しかし、キービジュアルになっているドガの絵のキュートな踊り子のベースがお相撲さんだった(かもしれない)というのは、やや衝撃。言われてみれば、確かに似てる。


「ゴッホ展」のほうは、日本に影響を受けた側のゴッホを中央に据える。アムステルダムのゴッホ美術館との共同企画で、札幌、東京、京都を巡回した後、2018年春にアムステルダムでフィナーレを迎える。


ゴッホは、浮世絵や書物でしか知らない日本に理想郷を見出した。特に南仏時代に鮮やかな色彩で描いた日本のモチーフは、ゴッホ独自の日本のイメージを表している。

興味深かったのは、ゴッホの死後、大正から明治時代にかけてはるばる日本から「ゴッホ聖地巡り」をした日本人たちがいたという事実。ゴッホが最期を過ごしたフランスのオーヴェールを知識人たちが続々と訪れたことを示す「芳名帳」が公開されている。当然、旅客機などない時代のこと。パリ近郊の町などちょっと気軽に行けるところではない。それでも展示されている3冊の芳名帳だけで、のべ260名以上の名が記されているそうだ。その知的な熱狂たるや、今のアニメの聖地巡礼どころの騒ぎではなかったに違いない。ゴッホは架空の日本に影響を受けた以上に、現実の日本に影響を与えた。

この二つの展覧会は、見た後で頭の中でリンクし、補完し合う感じがした。両方見てみることをお勧めする。


2017年9月28日木曜日

エマニュエル・ソーニエ展

銀座のメゾンエルメス フォーラムで開催中のエマニュエル・ソーニエ展。

「ATM tempo I/II/III」と題し、20世紀のジャズ・ピアニスト、セロニアス・モンクへのオマージュを込めた展示。

「ATM」は「à Thelonius Monk」のことで、展示された作品の一つのタイトルでもある。即興演奏で知られたモンクにインスピレーションを受けたこの作品は、今にも踊り出しそうな黒い木材と、アルファベットATMをかたどったガラス管で構成されている。(下の写真ではMしか見えないが。)


下の写真は「Keys」という作品。黒い本を敷き詰めた上に、水を満たした9本の太いガラス管が並ぶ。 ガラスはソーニエが大切にしている素材で、水を満たしたそれは人間の体を暗喩していると解説にあった。下に敷かれた本は「Condition d'Existence(存在の条件)」というソーニエについて書かれた2012年の出版物。
「Keys」というのは、ピアノの鍵盤を意味しているのだろうか。


無秩序さと秩序が同居しているような空間だった。
この展示は2017年10月31日まで。


2017年9月24日日曜日

アナログなAR(拡張現実)?

AR(Augmented Reality)は、現実に存在する世界の上に、そこには存在しない情報を付加して、現実を拡張させることを指す。

もちろんこれはコンピューターを使ったテクノロジーの話だが、ジョルジュ・ルースというアーティストは、これを手作業でやってのけていると思う。

21_21 DESIGN SIGHTで開催中の「そこまでやるか 壮大なプロジェクト展」の中でルースの作品が展示されていると知り、見に行った。(この展覧会のタイトルはあまりルースの作品とは合っていない気がして好きではない。壮大というより、緻密だと思う。)


建物の一角に、大きな円が浮かび上がっている。

でもそこに実際に円はなく、角度を変えると消滅し、壁や床に書かれた線だけが残る。

4年ほど前に、パリのグラン・パレで展示されていたフェリーチェ・ヴァリーニの作品も、同じように、実際にそこにはない「面」を浮き上がらせ、とても印象に残っている。


いずれも素晴らしい拡張現実!ヘッドマウントをつけずに見られるあたり、コンピューターより先進的?

アーク・ノヴァ

東京ミッドタウンに巨大風船が出現している。

「アーク・ノヴァ」は、アニッシュ・カプーアと磯崎新の両氏がデザインした移動式コンサートホール。東日本大震災の復興支援のため、スイスの音楽祭「ルツェルン・フェスティバル」が企画したこの「新しい箱舟」は、これまでに松島、仙台、福島を廻り、コンサートなどのイベントを提供してきた。今回は東京で初の開催で、10月4日まで展示されている(内部の一般公開は一部の日のみ。)

アニッシュ・カプーアのここまで大きな作品を見るのは初めて。500人も入れる大きな構造体だが、1時間の送風で膨らむというからすごい。隣にある21_21 DESIGN SIGHTでも、アーク・ノヴァが設置される過程をビデオ展示している。


表から見ると無地のツルンとした風船のような印象だが、中はもっと有機的な、蝶やテントウムシやカブトムシを思わせる空間。とらえどころがない生き物の中にいる感じ。


ここで演奏される音楽はどう聞こえるのだろう?

現代の箱舟は、海からではなく、空から来た感じだった。


2017年9月15日金曜日

ヴェネチア 中世の館での滞在

ヴェネチアは他に例を見ない、美しい景観を持つ街だと思う。


湾の潟の上にあり水に囲まれたヴェネチアは、細い運河と路地が街中を縦横に走る。

今年のUNESCOの危機遺産リスト入りは何とか免れたが、地盤沈下による水没のリスクはヴェネチアの大きな課題。(ちなみにヴェネチアの代わりにリスト入りしたのは何とウィーン。都市開発で街並みが損なわれることへの懸念が理由らしい。)

それ以上に地元の人を悩ませるのは、押し寄せる観光客の数。大型クルーズ船の寄港もあり、人口55,000人弱に対し、一日60,000人が訪れる。家賃は上がるし、市民の足でもある水上バスは常に大混雑。船に乗るか歩くかしかない街で、細い路地にも人が溢れる。


地元の人の嘆きはもちろん理解するが、これは観光客にも困った事態。ホテルは高騰するし、取れないし、どこも常に人でいっぱい。

でもやはり行きたいヴェネチア。快適な滞在の第一歩として、まず空港からは水上タクシーを予約しておく。これならサンマルコ広場近辺までノンストップ、約30分で着く。

そして船着き場がある運河に面した宿を選ぶ。スタッフが迎えてくれて、部屋までダイレクトアクセス。

歴史的建造物に泊まるのも中世の街ならではの楽しみ。ホテルもいいが、筆者が実際に泊まってみてお勧めするのは「Palazzo Ca'Nova」という12世紀の館(上写真手前)。

中は3つのアパートメントに分かれ、天井が高い昔の建物の特徴はそのままに、いずれも快適にリノベーションされ、カラフルでモダンなインテリア。ホテルよりずっと広い空間を享受できる。


場所はサンタマリア・デッラ・サルーテ教会の向かい、サンマルコ広場からも歩いてすぐの中心地。

サービスは毎日のハウスキーピングと、毎朝届く出来立てのクロワッサンの他、館のプライベート・セクレタリーがとっておきのヴェネチア情報を教えてくれる。

一人旅からファミリーまで、自分たちだけの静かな空間を持てる宿はヴェネチアでは貴重。人気の街ほど、こういう選択肢を持っておきたい。















2017年9月14日木曜日

ドクメンタ 14 (2017)

ヨーロッパのアート・フェスティバルを巡る旅の最後は、ドイツのカッセルで開催中のドクメンタ。1955年の第一回から原則5年おきに開かれ、今年2017年が14回目なので、「Documenta 14」と呼ばれる。今年はギリシャのアテネとの共同開催で、テーマも「Learning from Athens」。アテネでの展示は4月8日から7月16日まで、カッセルは5週間オーバーラップして6月10日から9月17日まで。もう終盤。

期間中は大学都市カッセルに、ドクメンタの地図を持った人が行き交う。過去のドクメンタの作品がそのまま市民権を得て定住したものも。中央駅前の「Man Walking to the Sky」は1992年の第9回の作品。人が空に向かって歩いていく、見ていて楽しい作品。


今回のカッセルでのシンボリックな展示は、アルゼンチンのMarta Minujínの「Pantheon of Books」。ギリシャのパンテオン神殿を本を集めて作った巨大なインスタレーション。発禁になった経緯がある本ばかりを集めた、作家に対する弾圧に抗議するメッセージの作品。

ドクメンタは芸術祭の中ではとても硬派な部類。「アテネに学ぶ」というテーマが示すように、今回はギリシャに象徴されるヨーロッパの諸問題もフォーカスのひとつ。そもそも簡単に理解できるものではないが・・・それにしても難しい展示が多い。ひとことで言うと、ビジュアルより文脈重視な感じ。多くの作品が資料そのもののように、説明が多く、読解に時間を要する。現代の作品と物故者の昔の作品の両方が展示されるのもドクメンタの特徴で、その混在が複雑さに輪をかけるように感じた。
会場のひとつ、ノイエ・ギャラリー(Neue Galerie)
今回は時間が限られていたため、すべての会場を廻ることはできなかったが、その中で印象に残ったのは、やはり視覚的にインパクトがある作品。

ノイエ・ギャラリーにあったLorenza Böttnerの「Mural(壁画)」。
男性として生まれ、後に女性名のロレンツァを名乗った彼女は、子供の頃、落雷にあって両腕を失い、差別を受けた。しかしバレエやジャズに興味を持ち、足や口で絵を描くようになったそう。この作品も足で描かれたもの。

インドのNilima Sheikhの「Terrain:  Carrying Across, Leaving Behind」は、美しい色彩の屏風の裏表に、伝統的なインド社会での女性の運命やカーストによる悲劇などを詩と絵で描いている。

ナチスや、本をテーマにした作品もよく目にした。Maria Eichhornの「Rose Valland Institute」では、ユダヤ人からナチスが奪った本が並ぶ。

ポーランド人Piotr Uklanskiの 「Real Nazis」
一方、ノイエ・ノイエ・ギャラリーの展示は、ドクメンタの中でも前衛的で、派手なビジュアルの作品が多かった。


昔の地下駅を使った会場も良かった。中央駅前の広場に設置されたコンテナから、今は使われていない線路に降りていく。


ビデオ作品などが展示されていた。明るさも充分で、広告ポスターが残ったままの古い駅の雰囲気をうまく活かしていた。街の歴史も垣間見せてくれて興味深い。


駆け足で廻ったが、2年でも3年でもなく、5年に一度だけ開催するドクメンタの規模と深さを考えると、やはり本当はじっくり滞在して鑑賞したかった。決してメジャーな観光地ではない街に世界中から人を集める力は、60年以上の歴史で培われたもので、他の街がすぐ真似できることではないかもしれないが、一過性のビエンナーレ・ブームに終わらない高品質なアートの祭典が世界に増えてくれれば、旅する目的は増え、旅はもっと楽しくなる。