2021年7月26日月曜日

フランク・ロイド・ライトの旧山邑家住宅

フランク・ロイド・ライトが設計した芦屋市の「旧山邑家住宅」は、日本にあるライトの住宅建築で唯一、一般公開されている。今はヨドコウ迎賓館と呼ばれ、国の重要文化財に指定されている。

近くを流れる芦屋川の水は街中とは思えないほど澄んでいて、子供達が泳いだり、魚捕りの網を持って遊んだりしていた。さすが六甲の水!

旧山邑家住宅は、灘の酒蔵「櫻正宗」の8代目当主・山邑太左衛門の依頼でライトが設計した別邸。ライトの帰国後に、弟子の遠藤新と南信によって1924年に完成された。急な坂を上った高台の斜面に建ち、建物に沿った長い誘導路の奥に入口がある。

屋上バルコニーからは芦屋市街と大阪湾を一望できる。


幾何学的な装飾が施された大谷石の外壁は、どことなく神殿を思わせる。



室内は大きなガラス窓やたくさんの換気用の小窓から外光が入り、明るい。



ライトの建築の中で和室があるのはこの旧山邑邸だけ。ライトの案ではなく、ライト帰国後に施主の強い希望で変更されたものだそう。ぱっと見ではそれほど違和感はないが、良く観察すると面白い和洋折衷が見られる。例えば、植物をモチーフにした飾り銅板が欄間に使われていたり、応接室と同じ換気窓が並んでいたりする(換気窓には一つ一つに取手やラッチもついていて、丁寧!)。


4階の食堂は左右対称の整然とした装飾の中、天井に三角の窓が開いている。昼間は明かり取りとなり、夜は星を見る窓にもなったらしい。こういう遊び心あるディテールがお洒落。

当時の模型を見ると、建物の下の方に今はない池もあって、山ひとつを丸ごと使ったお屋敷だったことがわかる。

住む人がいなくなった今も、家の随所にきれいに花が生けられ、訪れる人を歓迎している。(水・土・日曜と祝日のみの開館なのでご注意を。)



2021年7月24日土曜日

奈義町現代美術館

展示されているのは3作品のみ、建物はそれに合わせて作られたという美術館がある。

岡山県の「奈義町現代美術館」。岡山駅から津山線快速で1時間7分(各駅停車だとプラス20分)、さらにバスで45分。東京からだと半日かかるので、かなり「はるばる」感がある。

津山線はワンマン運転でICカードが使えず、無人駅では車内の料金箱にお金を入れて降りる。知らない土地のローカル線は、駅の名前ひとつ取ってもアナウンスだけではどういう漢字を書くのか見当がつかなかったりして、そういうのも含めて新鮮で楽しい。

バス停から美術館まで徒歩5分ほどの道は静かで、人っ子一人いない・・・かと思いきや、忽然とお洒落なピッツェリアが出現し、店の外まで待つ人がいる。実はそれは美術館の別棟で、すぐ隣に奈義町現代美術館、別名「Nagi MOCA」がある。


Nagi MOCAをプロデュースしたのは建築家の磯崎新。宮脇愛子、荒川修作+マドリン・ギンズ、岡崎和郎の3組のアーティストに、他では収容できない作品を依頼し、それらの作品と一体化させる形で建物を設計した。

最初の展示室「大地」にあるのは、磯崎夫人である宮脇愛子の「うつろひ」。ステンレスのワイヤが水面や、石を敷き詰めた地面の上で交差し、時間によって変化する光や風を反映して表情を変える。中心軸は、美術館がそのふもとに建つ那岐山の山頂を指しているという。


更に奥に進み、展示室「太陽」へ。荒川+ギンズの「偏在の場・奈義の龍安寺・建築する身体」という作品。写真がびっしり貼られた小部屋の真ん中にある黒い筒の裏側に回り、らせん階段を上って2階へ。


上に着くと、最初は向こうからの光がまぶしくて中の構造がよくわからない。大きなドラム缶を横に倒したような室内を一歩踏み出すと床も湾曲していて、それだけで平衡感覚を奪われる。両脇の壁には枯山水の庭園。何これ?

床にはやはり湾曲したベンチと、なぜかシーソーが。天井を見るとそれらと同じ形をしてサイズだけが大きいベンチとシーソーがある。便宜上「床」と「天井」と呼んだけれど、それも正しいのかどうか???まっすぐ立てないというだけで、人間の感覚ってこんなに不安定になり、周りの奇妙な空間を優位に立たせてしまうのか。どこにいても落ち着かない。そんな状態で、本家ではどこから見てもどれかが見えないとされる龍安寺の石は、ここでは全部見えるのかしらなどと考えた。


最後の展示室は「月」。岡山出身のアーティスト・岡崎和郎の「HISASHI‐補遺するもの」。

白い三日月形の部屋。床は砂のようなざらざらした材質で、足音が不思議な音に変化して部屋に反響する。壁には「ひさし」のオブジェ。室内なのに雨や日差しを避けるための庇があり、その反対側の壁に沿うようにベンチがある。一番奥にはジャコメッティの彫刻がすり抜けてきそうな細い窓が開いている。さっきの「太陽」の後なので一層心が休まる。音の反響を聞きながら歩き、ベンチに腰掛けてしばし空間を眺める。


冒頭でこの美術館にあるのは「3作品のみ」と書いたが、正確にはそれは常設作品のことで、企画展示をしているギャラリーもある。訪問時はやはり岡山出身の長原勲の作品を展示中。航空写真のように上から眺めた風景に、あの「太陽」の窓と同じ形がくり抜かれている。



朝、東京を出る前に見た全国天気予報では「岡山県の山沿いではにわか雨」と言っていた。その通り、青空から雷鳴が聞こえたかと思うと、じきにスコールのような雨になった。「うつろひ」の水面にたたきつける雨を見ながら、止むのを待った。

帰りのバスに乗る頃は青空。何か、異空間から帰ってきたような気分だった。見て、歩いて、全身の感覚で鑑賞するアートの箱。自分が何を感じるかは、はるばる行ってみるまでわからない。


2021年7月18日日曜日

ミレーだけじゃない 山梨県立美術館

最近まで、ミレーの「落穂拾い」はオルセー美術館にしかないものだと思っていた。それが山梨にあるという。

甲府駅からバスで15分の山梨県立美術館は「芸術の森公園」の中にある。ミレーの作品を複数所蔵する「ミレーの美術館」として、外壁にはミレーの写真が飾られ、ロゴもミレーの「種をまく人」をモチーフにしている。


運よく「落穂拾い、夏」と「種をまく人」の2作品が海外から戻ってきていたタイミングで、それらを含むミレーの絵画10点余りのコレクションを見ることができた。

オルセーの「落穂拾い」に対して、山梨は「落穂拾い、夏」。映画などのタイトルのつけ方から想像すると、山梨のほうが「続編」のように思えるが、実はこちらが先。生涯に3度四季連作を制作したうちの最初の連作の「夏編」に当たるそうだ。

今まで何となく、落穂拾いは収穫をする人たちの絵だと、あまり考えることなく思い込んでいたが、畑を持たない貧しい人々が後で拾えるように収穫物を地面に残しておく習慣を描いたものだと、解説を読んで知る。軽い衝撃。(私だけだろうか。)

ミレーの展示に続き、バルビゾン派を中心とした風景画のコレクション展示も充実していた。ここまでが「ミレー館」の展示。

一方、特別展は蜷川実花の写真展を開催中。ミレーやバルビゾン派を見た後での色彩のギャップはすごかったが、撮影が可能なコーナーでは皆、カラフルな写真を撮るのを楽しんでいた。


さて、芸術の森公園の屋外展示もこの美術館の見どころ。真っ先に目に入り、思わず近くまで見に行ったのは大きなリンゴの彫刻。

ニューヨーク在住で、ビッグ・アップルをモチーフにしてきた佐藤正明氏の作品だった。美術館の30周年の機に「宝くじの普及宣伝事業として設置された」記念モニュメントだという説明書きにちょっと拍子抜けするが、それはそれ。なだらかな起伏の上に斜めに立つ銀のリンゴは、シュールな風景を作っている。この公園内で一番の眺めだと思う。

その近くにあるザッキン作の「ゴッホ記念像」。・・・ゴッホって、こんな人だったの?画材を背負う姿に、忘却のかなたにあった二宮金次郎像を思い出す。



これらの彫刻が点在する公園は、同じ敷地内の文学館の裏の庭園まで含めるとかなり広く、いいお散歩コースになる。

ミレーもそれ以外も楽しめた美術館だった。





清春芸術村

ギュスターヴ・エッフェルと、谷口吉生と、安藤忠雄の建築が一度に見られる場所がある。・・・いったい、どんな?

百聞は一見に如かずで、山梨県の清春芸術村へ。甲府からローカル線で約30分の長坂駅からタクシーで5、6分のところにある。

門をくぐるとチケット売り場は空っぽで、外にいたスタッフらしき人が中に向かって「おーい、お客さん!」と叫ぶと、係の人が走って出てきた。のんびりした梅雨明けの平日。

清春芸術村は、志賀直哉や武者小路実篤など白樺派の作家たちの夢を実現するために開かれた場所。オープン当初から徐々に建物を増やし、今では敷地内に10以上の建物や作品がある。春は桜の名所として知られるが、7月の鮮やかな緑と青い空もまぶしい。


入口近くにある円形の大きな建物はギュスターヴ・エッフェル設計の「ラ・リューシュ(蜂の巣)」。1900年のパリ万博のワイン館として建てられ、その後、モディリアーニや藤田嗣治などエコール・ド・パリのアーティストたちが集うモンパルナスの拠点となった。オリジナルは今もパリにあり、ここにはそれと同じ設計で、やはりアーティストの制作の場として1981年に建てられた。ショップなど一部を除いては外観のみの見学。

そのエッフェルの代名詞といえるエッフェル塔のらせん階段の一部も展示されている。1994年に取り換えられたとき24分割されたうちのひとつだそう。

谷口吉生設計の「清春白樺美術館」には、前述した白樺派の作家たちの作品や資料の他、ルオーの版画も展示されている。志賀直哉が絵を描いていたことや、彼らがルオーを崇拝していたことなどもわかり、興味深い。

隣には、やはり谷口吉生による「ルオー礼拝堂」がある。入口のステンドグラスはルオーの作で、中の木彫りの十字架はルオーの彩色によるオリジナル。小さな美術館のような礼拝堂。


そこから草木に隠れて見落としそうになる小道を入ると、「梅原龍三郎アトリエ」がある。吉田五十八の設計で、1989年にここに移築されたもの。中には入れないが、画家が制作していたアトリエの様子が再現されている。


清春芸術村で最も新しい建物が、2011年に開館した安藤忠雄の「光の美術館」。中にはスペイン人アーティスト、アントニ・クラーベの絵画が展示されている。その名の通り、斜めに切られた天窓からの光そのものが展示の一部を成していることは言うまでもない。




庭の片隅に生えているかのような建物は、藤森照信の「茶室 徹」。2006年完成。地上4メートルの高さにある茶室にはハシゴを使って入るようになっているが、内部は公開していないので、地上から眺めて中を想像するのみ。

このように清春芸術村には、設計から数えれば1900年から2010年代まで110年以上にまたがる、様々な著名建築家が手掛けた建物が集まっている。それらは別に統一性があるわけではなく各々個性を発揮しているのが、まさに「ラ・リューシュ」のようなアーティスト・コミューン的。

誰にも会っていないのに、色々なアーティストに出会ったような、静かでカラフルな場所だった。


2021年7月10日土曜日

パビリオン・トウキョウ「木陰雲」

 「パビリオン・トウキョウ2021」というイベントが始まっていたのを知った。東京都の主催で、「新国立競技場を中心とする複数の場所に、建物やオブジェを設置し、自由で新しい都市のランドスケープを提案する世界初の試み」という主旨らしい(世界初!?)。明らかに東京オリンピック関連で計画されたものだが、緊急事態宣言と無観客が決まった今も、アートプロジェクトとして淡々と実行されている。

梅雨の晴れ間の日、都内に9つあるパビリオンの一つ「木陰雲」を見に行った。石上純也さんの作品で、会場は九段ハウスと呼ばれる旧・山口萬吉邸。昭和初期のモダン邸宅だが、今回は庭園のみを使用。


ビルに囲まれた庭園は、少しさびれた感もあり、普段は正直なところあまり風情を感じない。そこに今日は人工の森が出現。このためにした植栽と、炭化させた黒い杉材の構造体が庭園全体を覆い、頭上のいびつな穴から水分を含んだ木漏れ日がキラキラと差し込む。周りのビルも見えず、本当に森にいるような気分。これから本格化する夏にぴったりのインスタレーション。

イベントは9月5日まで開催しているので、他のパビリオンも行ってみたい。どんな「都市のランドスケープ」が見られるかしら。


2021年7月1日木曜日

隈研吾展で確認した旅とVRの関係

東京国立近代美術館で開催中の「隈研吾展」を見た。

隈氏の世界各地の過去、現在、未来の建築作品の模型がテーマ別に展示されている。見に来ているのは建築関連の仕事の人や学生が多いようで、平日にしては他の美術展に比べて賑わっている印象。メモを取りながら鑑賞している人もちらほら。

私はもっぱら「次に見に行きたい建築」を探すモードで鑑賞。V&Aダンディーが「世界の素晴らしい場所100選」に選ばれたと聞けば、やはり行ってみたいと思うし、ユニークな模型を見れば、これがいったいどう街中に溶け込んでいるのか見てみたいと思う。今回の展覧会で隈氏が「人が集まる場所」としての建築の役割を提示しているように、単体のモニュメントとしてだけではなく、その土地に「旅先」としての引力を与えることが出来るのも建築のひとつの力だと感じる。

展示されていた「V&A Dundee」模型

そうして空想旅行をしながら見る展示も面白かったが、今回、個人的に最もときめいたのはVR体験コーナー。富山市ガラス美術館が入る建物「TOYAMAキラリ」の内部をドローン撮影した7分間の360度映像を体験できる。

私は実際に訪れたことがあるので、その時を思い出しながら体験開始。まず歩行者の視点で建物に入ると、映像は一気にドローンに乗って斜めの吹き抜けを6階まで上昇!本当に飛んでいるような気分。歩行ではありえない視点を得ることで改めて建物の構造がよくわかるし、実際には見ることができないディテールも見られる。そして同時に、自分が見た景色の記憶も鮮やかに蘇る。

VR映像は他でも何度か見たことがあるけれど、今回ほどリアルに感じたことはない。現実の記憶をバーチャルな情報が補完して、自分の記憶の一部になるかのような感覚。逆もまた真なりで、現実の記憶が、バーチャルな情報の理解と取り込みを助けてくれる。

うーん、人類の記憶の書き換えはこうして進むのだろうか。

それはともかく、VRのような疑似体験が旅の可能性を拡げてくれるのは確かだと思った。ただ、それはリアルな旅の体験があって初めて完成を見る気がする。

TOYAMAキラリに行ったことがない人も、ここでVR体験をした後で行ってみれば、視点が変わり、一層印象に残る訪問になるはず。

テクノロジーはこれからもきっと、リアルな旅の動機を作り続ける。

模型の中に猫が潜んでいた