2023年6月30日金曜日

ストリートアートで見るシンガポール

シンガポールはストリートアートが面白い。

中でもチャイナタウンが代表的で、メディアでもよく紹介されるので見に行く人も多い。その作品レベルをひとりで上げている立役者がイップ・ユー・チョン (Yip Yew Chong) 氏。チャイナタウンで育ったイップさんの壁画は、とにかくシンガポール愛に溢れている。

もともと金融関連の仕事をしながら絵を描いていたイップさん。2018年以降は仕事を辞めてより多くの時間を絵に費やしているそう。彼の絵のサイズや表現の細かさを見れば、時間も集中力も必要なのがよくわかる。

イップさんの壁画制作は、誰も見ていないときにいつの間にか描いていなくなるバンクシー型ではなく、大きな壁いっぱいに下絵から仕上げまで、炎天下の日も雨の日も、何日間、何週間もかけて丁寧に描くスタイル。当然、壁の持ち主の許可も取ってある。

テーマはイップさんが子供のころに見た1970-80年代のシンガポールの風景や物語が多い。特に人気なのはTemple Streetにある3階建ての家の壁画。これは必見!


3階から巨大なティーポットで勢いよくお茶を注ぐおじさんのシュールな絵。これに呼び込まれて角を曲がると、昔のチャイナタウンの世界が広がる。

建物の1階右側部分は賑わうコーヒーショップの風景。


左側は野菜を売る市場の様子。建物の階段を挟み、人や市場の屋根が実際にそこにあるかのような立体感。これは実際に見るよりも写真のほうが立体的に見えることに後で気付いた。2階部分には洗濯ものなどが描かれている。

建物の裏口にも絵が続く。もはや建物ラッピング。

この壁画の制作中に撮られた動画を見たところ、下絵が残るうちから常にギャラリーが集まり、イップさんは見物客との記念撮影にも気さくに応じていた。

代筆屋の壁画も有名。イップさんのホームページによると、中国からの移民が故郷に送る手紙を代筆する商売は1980年代まで存在し、旧正月には背景にある赤い飾りのカリグラフィーも請け負っていたそう。

代筆屋の机の向かいに描かれた椅子に座るようなポーズで写真を撮ると、本当にその絵の中にいるように写るのも人気の秘密。この絵に限らず、イップさんの絵にはそういう仕掛けが多い。

京劇の壁画は、建物の権利者をつきとめて制作の許可を得るのに3年かけた執念の作品。舞台とその観客、舞台裏、近くで子供にアイスクリームを売る屋台など、当時の娯楽の様子を物語る。


イップさんが子供時代に家族で住んでいた家の描写も細かい。台所の床に赤いサンダルが転がっている。

その赤い木製サンダルを作る職人の絵もある。家の水場や市場でよく使われていたものだそうで、絵は実際に店が営業していた建物に描かれている。その後、ゴム製サンダルが普及し、木製サンダル屋は閉業してしまった。


イップさんの絵は、思い出を個人的なもので終わらせず、失われゆくチャイナタウンの歴史や文化を後世に伝える役割を果たしているのが素晴らしい。壁画のクオリティの高さが人を呼び、作者自身の体験に基づくそれぞれの絵のストーリーには説得力がある。どんなミュージアムより効果的ではないだろうか。

イップさんの壁画はチャイナタウンやほかのエリアにまだたくさんある。今回はすべての壁画を見られなかったので、シンガポールに行くたびにひとつずつ見に行こうと思う。



2023年6月17日土曜日

ウィーン少年合唱団

初めてウィーン少年合唱団の公演に行く機会に恵まれた。

ウィーン少年合唱団は1498年に王立礼拝堂の聖歌隊として誕生し、今年で創立525周年(!)。ユネスコ無形文化遺産にも登録されている。10歳から14歳の約100名の少年で構成され、ゆかりの作曲家の名前にちなみハイドン組、モーツァルト組、シューベルト組、ブルックナー組の4組に分かれている(ちょっと宝塚っぽい)。

今年は合唱団にとって4年ぶりの日本公演で、ハイドン組が来日。5月初めから2か月近く日本各地で「天使の歌声」を披露している。そう聞いて、そんなに長い期間、学校は? と心配になったが、メンバーは全員、ウィーン郊外のアウガルテン宮殿で寄宿生活を送っており、そこが学校も兼ねている。ツアーに合わせて学習スケジュールも調整されるため、学業がおろそかになることはないらしい。

ちなみにアウガルテン宮殿は、世界遺産シェーンブルン宮殿を設計したヨハン・ベルンハルト・フィッシャー・フォン・エルラッハの手による17世紀のバロック宮殿。暮らすだけで感性が豊かになりそうだ。

さて、ステージに上がってきたのは、カペルマイスター(指揮者兼ピアノ)と、セーラー服を着た24名の少年たち。整列しても背丈がバラッバラなのはまさに成長期。そして日本人を含むアジア系の子たちも数名いる。


合唱団はカペルマイスターのピアノに合わせて様々なジャンルの約20曲を歌う。ときにはアカペラで「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」を奏でたり、打楽器を駆使してリズムを取ったり、手拍子で観客を巻き込んだりもして、飽きさせない。

中でも目立っていた子のひとりは、歌唱力はもちろん、アンコール曲での手拍子の誘導をするときの仕草や表情が秀逸で、エンターテイナーの資質を発揮していた。あとで人に聞いたところでは、その子はウクライナから避難してウィーン少年合唱団に加わったとのことだった。才能を開花させる場に出会えて、本当に良かったと思う。

ウィーン少年合唱団は入団も狭き門で、入れば年間コンサート数は約300という、アイドル以上の活躍ぶり。でも自分やプロデューサーの意思とは関係なく、ある年齢に達したら自動的に卒業する。その限られた期間、親元を離れ、規律正しく勉強も練習もしながら、世界の人々に全力で音楽を届ける。好きなこととは言え、少年にとって並大抵のことではないだろう。そんなバックグランドを知ると、天使の歌声に癒しよりもむしろパワーをもらった気がした。