2024年4月21日日曜日

シンガポールで壁画巡り ②チャイナタウンとチョンバル

シンガポールのアーティストYip Yew Chongさんの作品は、観光地から住宅街まで様々なエリアにある。

日本でいうところの「昭和の時代」の日常を題材にしたものが多く、特にチャイナタウンに集中している。




昔の値段の公衆電話と、現代(2019年)の日付のカレンダーが同居している。こういうディテールを見つけるのも面白い。

コナンがドリアンを買いに来ている作品も有名。


チャイナタウンの寺院の壁にはもっと昔の風景を描いた作品もある。中華系の人々の働きによって栄えた港町ボートキーの19世紀当時の様子と、遠くにマリーナ・ベイサンズなどがそびえる現代のスカイラインまで、2世紀にわたる物語がひとつの絵巻のように展開する。




ローカルに人気のチョンバル(Thiong Bahru)というエリアにも3つの作品がある。1930年代にシンガポール初の住宅街として開発されたチョンバルは、今でも当時のアールデコ調の建物が並ぶ。


「Home」という作品は、そんな住宅街の一室の風景を描いたものだろうか。当時はどんな家にもあったであろう家財道具に囲まれてくつろぐ住人。絵の中のカレンダーの日付は1979年1月とある。

チョンバルは古くから市場を中心に発展してきたが、21世紀に入って再開発が進み、現在では若者にも人気のお洒落なエリアになっている。その歴史をたどる「ヘリテージトレイル」のウォーキングツアーをしている人たちもチラホラ見かけた。

Yipさんの作品でも、昔の露天商や占い師の様子がリアルに再現されている。




中でもチョンバルならではの歴史を物語るのは「Bird Singing Corner」という作品。地元の人がコーヒーを飲みながら、のんびりと籠の中の鳥たちの声に耳を傾けている。2003年まで実際にあった場所だそう。

壁画が縁で知らなかった場所に行き、その歴史を少し知ることができたのは旅の収穫。理想的なストリートアートの在り方だと思う。


2024年4月15日月曜日

シンガポールで壁画めぐり ①カンポングラムとクラーク・キー

昨年6月にシンガポールで見たYip Yew Chongさんの壁画(リンク)があまりにも面白かったので、また見に行ってきた。

Yipさんの作品は1970年代頃のシンガポールの生活を描いたものが多く、ノスタルジックながらもリアルな描写で、人々を絵の中の世界に引き込んでしまう。

今回は新作を見にカンポングラムへ。アラブ系とマレー系の伝統が残るこの地区には2023年8月に完成した超大作がある。

3階建ての建物の壁全面に描かれたのは、屋根から掛けられた大きな布が象徴する布地屋の風景。この建物で50年以上布地卸業を営むオーナーの注文で制作されたもの。(手前に並ぶ4つのタイル画の石柱は以前からあったもので、Yipさんの作品ではない。)


絵は隣の棟にも続き、布地屋以外のスモールビジネスも描かれている。


この壁画はカンポングラム活性化5か年計画の口火を切るものでもある。Yipさんが自身の記憶とリサーチによって作成した下絵は都市再開発局に提出され、歴史専門家などのフィードバックも得て作品に反映された。カンポングラムにはこれまでもストリートアートは存在していたが、この作品は同地区の今後のアートのレベルを一段上げるに違いない。

カンポングラムにもう一つある新作はバスケットと猫の絵。ここは本当にバスケット屋さんなので看板代わりになっている。写真に撮った時の「3D感」もまたYip作品の特徴の一つ。



次はクラーク・キーへ。カラフルな建物が並ぶリバーサイドエリアもリノベーションが進行中。今年完成したばかりのYipさんとtobyatoさんというアーティストの共作「Fire Fish」が、きっと前は地味だったであろう倉庫街を鮮やかに彩る。



古き良き時代を彷彿とさせるタッチと、大胆な現代風のデザインが融合して、なんともかっこいい。

次回へ続く。


2024年1月8日月曜日

「オーヴェル・シュル・オワーズのゴッホ」展

先月、パリのオルセー美術館でゴッホの興味深い展覧会を見た。その名も「オーヴェル・シュル・オワーズのゴッホ」展。ゴッホが最期の70日間を過ごしたオーヴェル・シュル・オワーズ時代だけを扱った初の企画。

ゴッホはここで74枚の絵画を制作した後、自殺したとされている。でも本当に自殺だったかどうかは諸説あり、それゆえにオーヴェル・シュル・オワーズは、ゴッホゆかりの地の中で最もゴッホの魂に近く、彼の執念にも似た熱量を感じる場所だと思っている。

そのオーヴェル時代の作品の多くが集結し、彼が弟に出した手紙や、スケッチブック、パレットなど、あまり目にすることがない貴重な周辺資料と一緒に展示されている。

面白かったのは、よく美術館で見るような重厚な額縁はゴッホの好みではなかったという話。彼は額縁には強いこだわりがあって、絵の色が際立つよう平たくプレーンな額縁を指定していた。これを受けてオルセーは最近になって額縁を変更したらしい(冒頭の「オーヴェルの教会」の写真がそれ)。ゴッホの指定はシンプル過ぎて当時の流行には合わなかったのだろうが、作家の意向がこれほど長い間無視され続けていたというのもなかなかすごい。

オーヴェル滞在の70日の間にゴッホは新しい色を発見し、新しい手法にも挑戦した。陽光溢れるプロヴァンスからオーヴェルに移ってきたゴッホの目には影がよりはっきり見え、異なる青の色合いを風景画に取り入れるようになった。

彼は独自の新フォーマットも開発している。「ダブルスクエア」と呼ばれる正方形を二つつなげた2:1の横長のキャンバスの作品を全部で13点描き、うち11点が今回展示されている。それらはオーヴェル滞在の後半に制作されたそうだが、決して生き急ぐように描かれたのではなく、一つ一つ丁寧に、熟考や修正を重ねたものだった。

ゴッホの最後の作品もダブルスクエアで、彼が自殺を図ったとされる日に描かれた「木の根」。

その直前まで描いていた風景画からガラッと変わり、抽象画のような、攻撃的なまでに強い色合いの作品。ゴッホはその2週間ほど前に「私の人生もまた、根っこの部分で攻撃されている」と書いていたそうで、それをこの作品に込め、自殺へと進んだとする解釈もあるようだ。

しかし、ゴッホがオーヴェルで過ごしたのは1890年の5月下旬から7月の終わり。春から初夏に移る季節の生命力に満ちた木々の緑や花の美しさは、ゴッホにもインスピレーションと新たな挑戦のエネルギーを与えたと想像できる。そして、他のどの絵とも異なる「木の根」もまた、彼の挑戦の一つだったのではないか。 ここから真夏に向けてゴッホの新時代が始まるはずだったのではないだろうか

と、まあどれだけ考えても、ゴッホの最期の70日間の真実はゴッホ本人にしかわからない。この展覧会でゴッホへの理解が深まったと同時に、謎も深まった気がする。そして一層ゴッホに惹かれたのは間違いない。


2024年1月3日水曜日

シテ・デュ・ヴァン

ボルドーの「La Cité du Vin(シテ・デュ・ヴァン)」は、ボルドーだけでなく世界のワインを知ることができるミュージアム。

川沿いに建つミュージアムは遠目にもすぐわかる特徴的な建物。何を表現しているのかというと、公式サイトによると「ワインの魂を呼び起こす」ものだそう…??? 要は液体としてのワインのシームレスさ、とらえどころのなさといったものをイメージしているらしい。確かにとらえどころがない。


展示フロアの入口でオーディオガイドを受け取る。世界のワイン産地の映像から始まり、各国のワイン生産量や品種の比較、現在のワインのトレンド、ワインの歴史、ワインの製造工程などなど、様々な角度と展示方法でワインを読み解く。鑑賞者は各展示の前でオーディオガイドをスキャンして音声解説を聞く仕組み。多くの展示は音声を聞くことが前提になっているが、解説は合計9時間分もあるそうなので全部聞こうとせず、滞在時間に合わせて自分が興味があるところを重点的に聞くのがいいと思う。いずれにしても1-2時間は時間を取ったほうが楽しめる。


嗅覚に訴える香りの展示や、ブドウの映像の上を足踏みしてワインの生産量を競うゲームや、「ワイン占い」といったインタラクティブな遊びもある。


外からは奇妙にも見えた建物も、曲線を活かした内部は悪くない。

もちろんチケットにはテイスティングも含まれる。常設展を見た後、8階の展望フロアへ。世界のワインが並ぶメニューから、折角なのでクレマン・ド・ボルドーを選んだ。


ボルドーの街を一望しながら乾杯!