京都市京セラ美術館で、話題の「アンディ・ウォーホル・キョウト」展を見た。日本初公開作品100点を含む大規模回顧展ということだけでなく、京都で開催されていることに意義がある展示。だから巡回もしない(いさぎよい)。
ウォーホルの初期から晩年までのキャリアを時系列で追いつつ、彼の2回の京都訪問とそこから受けたと思われる影響をもう一つの軸にしている。いかにもウォーホル!というメジャーな作品が見られるのも嬉しいが、ウォーホルの京都での足跡が感じられる展示物が面白い。1956年の最初の京都訪問(世界一周旅行の一部)での清水寺のスケッチとか、旅行中の写真、几帳面に保管された当時のパンフレット類など、日本人にとってはノスタルジーを感じる部分もある。
「日本的なものはなんでも好きだ」と言ったウォーホル。ケンゾーの服、ハイファイといったキーワードから、おそらく70年代頃の発言と思われるが、当時彼が中心だったポップアートのムーブメントと、それに象徴される大量消費の国・アメリカに対して、日本人が抱いていた憧れはもっと大きかっただろう。そんなことを考えながら鑑賞した。
展示の最終章では、死と闇を扱った作品を通してウォーホルの内面に迫ろうとする。エイズが流行した80年代。ウォーホル自身にとっても死の恐怖は遠いものではなかったはず(以前に見たドキュメンタリー番組によると、彼は恋人をエイズで亡くしている)。展示を締めくくるのは大型作品「最後の晩餐」。ウォーホルはこの作品のミラノでのオープニングに立ち会った直後、1987年2月に胆嚢の手術の合併症でアメリカで亡くなった。この「最後の晩餐」はシリーズの一つだし、必ずしも自分の死を予期して作ったものではないと思う。しかし、ただでさえ謎めいたダ・ヴィンチの絵をベースに更に謎めかした作品を遺作にしてしまうあたり、天性のスターだと思う。
そんなウォーホルを身近に感じ、彼が生きた時代を追体験できる展示だった。