2026年8月20日木曜日

「杉本博司 絶滅写真」展

東京国立近代美術館で開催中の「杉本博司 絶滅写真」展を見た。約60点の銀塩写真がほの暗い照明の下に展示され、瞑想のような鑑賞体験だった。

初期の作品から最新作までの中で、特に印象に残ったシリーズについて。

まずは「海景」。湾曲した壁の展示室は、オランジェリー美術館のモネの睡蓮の部屋を思わせる。ここでは一枚の大きな絵ではなく、複数の海景が並ぶが、すべて同じ構図で水平線の位置が揃っているせいか、ひと続きの海のように感じる。そもそも海は続いているのだから当然かもと思いながら近づくと、青色が排除されたモノトーンの海はそれぞれ質感が違う。シルクのような海もあれば、金属のような海も。


「劇場」は一瞬を捉えたスチル写真のシリーズだと思っていたが、映画を一本上映する間、ずっとシャッターを開いて撮影したものだと今更ながら知った。写真ではスクリーンは白く光って見えるだけで、何が上映されていたのかわからないが、そこに物語と時間が凝縮されているなら、それ自体が化石のようだと思う。

全体に静謐という言葉がぴったりな展示空間は無駄話など許されない雰囲気もありつつ、作品に添えられた杉本氏の短歌や狂歌には、時に駄洒落も混じっていたりしてクスリとさせられる。

マダム・タッソー蝋人形館で撮影された「肖像」シリーズも、昭和天皇、ダイアナ妃など、そのリアルさに驚く。元の蝋人形がかなり精巧にできているにしても、カメラを通して増幅する「生身」感。本物って何?

サテライト展示として、東京国立近代美術館所蔵の全杉本作品と「スギモトノート」が所蔵品ギャラリーで見られるので、そちらもお忘れなく。

「絶滅写真」の英語タイトルは「Extinction」のみ。何が絶滅して、何が残るのか。人類が絶滅しても、海はあのままあり続けるんだろうか、などと静かに思いを巡らせた。


2026年8月13日木曜日

「ピカソ meets ポール・スミス」展

ピカソの展覧会は常に世界のどこかで開催されていると思うが、国立新美術館で開催中の「ピカソ meets ポール・スミス」展は、どんなピカソ展よりカラフルでお洒落だった。

ポール・スミスが会場の装飾を手掛けるという、ちょっと意表をついた設定のこの展覧会は、パリ国立ピカソ美術館で2023年に開催された没後50周年記念展の巡回展。その時のタイトルは「Picasso in a New Light」。時系列に沿って時代ごと題材ごとに展示する美術展のオーソドックスな方法を遵守しつつ、スミス自身が当時のインタビューで語っていたように、「決して立ち止まることなく、革新的でクリエイティブで、常に実験をしていた男を、ありきたりではない方法で見せる」ことがテーマだった。


今回の東京での展示も確かにありきたりではない。目を奪うポップなビジュアルは、展示されたピカソの作品とその時代の特徴を直感的に解説する役割を果たしている。例えば、青の時代は青い部屋、闘牛は赤い部屋、コラージュは壁紙を張り合わせた部屋、といったように、すごくわかりやすい!

ピカソがファッション誌の写真に落書き(?)した作品は、部屋一面がVogueの表紙で埋め尽くされた「Vogue部屋」に展示されている。1950年代の最先端ファッションと、ピカソが手を加えて生まれたグロテスクさの融合が面白い。


全作品写真撮影OKの会場で最も人気だったのは「アルルカンに扮したパウロ」のコーナー。画中のパウロの衣装と同じブルーとイエローの柄の壁(と人だかり)は、遠くからでも目を引く。




16の部屋に分かれた会場を進むごとに違う風景が現れ、あっという間に最後の部屋。締めくくりは、生前に開催されたピカソの展覧会の膨大な数のポスターだった。まさに立ち止まることがなかった芸術家の70年間の驚異の軌跡。


この展覧会は二人のアーティストの時を超えたコラボレーションでもあり、ピカソへの愛に溢れたオマージュでもある。心地よい余韻ある展示だった。