旧東京音楽学校奏楽堂 |
同美術館は上野公園のはずれにある。桜は半分散ってしまったが新緑が芽吹き春の雰囲気に溢れる公園を行楽客に交じって通り抜け、国立博物館を横目に過ぎ、「日本初の西洋式音楽ホール」と書かれた旧東京音楽学校奏楽堂(写真)でちょっと足を止める。
更に歩くと、上野の雑踏から隔離された藝大構内の美術館に着く。
「フェンディの世界観をアートとクラフトの歴史と未来を通して表現」すると謳った今回の展示。マルチスクリーンで過去のコレクションの映像を流す導入部を通り、ファーのカーテンを手で開けてくぐると、外からは想像できなかった未来的な空間にちょっと不意を突かれる。
やや照明を落としたフロアに、整然と並んだゴールド色のカプセルがに浮かび上がり、中にはフェンディの1970年代から今日までのファーコートの代表作が一つずつ収まっている。ひとつひとつがオーラを帯びたような存在感。各作品のデザインの裏のフィロソフィーは、壁のタッチスクリーンパネルで確認できる。
壁にはファーの構図タブレット(ファーを四角く切り取ったようなもの)もずらりとかかっている。様々な色合い、素材感、デザインのタブレットが並ぶ様子は、コンテンポラリーの抽象アートを飾るギャラリーのよう。それぞれが部分にすぎないのに、美しい。
更に奥の部屋には工房が再現されている。工房の音をミックスしたオペラのBGMが、自然に耳に入る。訪問時には見ることができなかったが、会期中は現役の職人さんが座ってその技を披露してくれるらしい。テーブルの上にある加工中のファーに触れることもできる。ファーに詳しくない人でも、そこに置かれたファーに斜めに入った切り込みの正確さを見れば、その技術の高さは容易にわかる。
工房のテーブルのスクリーンでは、60年代にフェンディのデザイナーに就任し、それまでのファーの概念を大きく変えたカール・ラガーフェルドのインタビューが流れていた。彼は、不可能と思われたデザインも全て実現させた優れた職人たちの存在に言及していた。
正直なところ、私は特にFENDIファンではないし、そのファーに興味を持っていたわけでもない。
しかし優れたクラフツマンシップは、本来一過性であるはずのファッションを普遍的な芸術に高め得るのだということを改めて認識した、価値ある展示だった。