2024年5月29日水曜日

シュヴェルニーのワイナリー

フランス中部のロワール渓谷は古城と美しい田園風景で知られるワイン産地。フランスで最も長いロワール川沿いに約800㎞にわたってワイン街道が続く。

東部のクール・シュヴェルニーにあるワイナリー「Les Domaine des Huards(レ・ドメーヌ・デ・ユアール)」を訪問。

ビオディナミ製法を始めたのは1998年とのことで、かなり早いほうではないかと思う。自社の畑で育てたブドウだけを使い、化学薬品を一切用いずにワインを作る。栽培に良い環境を守るため、ブドウ畑の周りの森もここの敷地。風除けの役割も担う。

生産者によっては樹齢30年くらいに達した木は抜いて新しい木と交換するが、ここでは古いブドウの木も大切に栽培して活躍させる。雨の量に合わせて根の周りの土を取り除いたり戻したりといった作業も人の手で行う。


ワイナリーには大きなステンレスタンクが並ぶ。赤は一番大きなタンクで、白は一回り細いタンクで発酵させる。タンクについているロゴの鳥が社名の「huard」で、アビという水鳥のこと。

熟成は基本的に瓶内で行う。年間25万本を製造し、日本を含む各国にも輸出している。

ごく一部の赤を樽熟成させている部屋もある。案内して下さったオルガさんは「皆この部屋を見ると喜ぶわ」と言って笑った。確かに、ワイナリーに行ったらやっぱり樽が並んだ光景を見たい。真ん中が赤く染まった樽の色も良い。


クール・シュヴェルニーでしか取れないロモランタンという地ブドウを使ったワインはここの主力商品の一つ。樹齢80年のロモランタンから作ったワインは、保存状態が良ければ35年くらいは飲めるとのこと。さらに樹齢100年の木からも実が取れるし、商品化はしていないがその実からワインも作れるという話だった。なんて長いブドウの一生。それも丁寧な栽培がなせる業だろう。

ソーヴィニヨンやシャルドネなど馴染み深い品種を使ったワインも、土の成分、生産年、そして樹齢の3つの要素の組み合わせ次第で、同じ商品でもまったく違った味になると教えてもらった。

ブドウと自然への愛が感じられたワイナリー。花が咲くブドウ畑が美しかった。



2024年5月25日土曜日

シュヴェルニーの幸せな一日

5月のフランスは美しい。もちろんどの季節にも魅力があるが、新緑が鮮やかさを増し、花が咲き競うこの時期は特に美しいと思う。

今回はロワール渓谷東部のシュヴェルニーを訪れた。ロワール渓谷はフランス中部を流れるロワール川沿いに広がり、300を超えるという数多くの古城があることから世界遺産に登録されている。またワイン産地としても知られる。

シュヴェルニーでは「Les Sources de Cheverny」に滞在した。ここは想像をはるかに超えた美しい場所だった。森に囲まれた広い敷地には、鳥がさえずり、花が伸び伸びと咲き、絵のような風景が広がる。なんて幸福感のあるところだろう。



リゾートにはミシュラン星付きのダイニングや、ブドウを原料にしたヴィノテラピー「Caudalie」のスパもある。ボルドーにあるウェルネスリゾート「Les Sources de Caudalie」と同じオーナーが経営している。

ここにいて景色を眺めているだけでも満足。でもせっかくフランスの古城地帯にいるのだから、ひとつくらい見に行かないと。自転車を借りて一番近いシュヴェルニー城を目指した。

辺り一帯はサイクリングロードが整備されていて、お城へもここを通って行けるし、複数のお城を巡ることもできる。ホテルの人はシュヴェルニー城まで15分くらいよ、と言っていたが、私は気づいたら30分くらいかかっていた。立ち止まって写真を撮ったりしていたせいもあるが、それにしても遅すぎる。基本としている速度が違うのだろう。でも、この気持ちのいいサイクリングは飛ばしてしまってはもったいない。


17世紀に建てられたシュヴェルニー城は、漫画のタンタンに出てくるお城のモデルになった左右対称の建物。


ディスプレイには現代の要素もプラス。イースターの飾り付けは前日までに終わっているはずだったけれど、まだ残っていてくれた。


庭園の大きな犬の彫刻は、ここで飼われている猟犬たちをモデルにした2020年の作品。高さ3.5m。


サイクリングロードをのんびり走って帰った。日本より日が暮れるのが遅いのが嬉しい。よく晴れた日で、風景がキラキラして見えた。

5月のフランスはやっぱり美しい。



2024年5月21日火曜日

海辺のコクトー・チャペル

フランスのコートダジュールに、ヴィルフランシュ=シュル=メール(Villefranche-sur-Mer)という小さなリゾート地がある。ニース空港から車で東へ40分くらいのところで、モナコやカンヌのような華やかさはないが、テラスレストランで白ワインでも飲みながら、しばし道行く人々を眺めて過ごしたくなるような、そんなチャーミングな街。海沿いの道にはカラフルさにレンガ色を少しだけ混ぜたような建物が、コバルトブルーの空を背景に並ぶ。景観の統制のため、建物に塗っていい色は指定されていると聞いた。


通りの端にはサン・ピエール・チャペル、通称「コクトー・チャペル」がある。ヴィルフランシュ=シュル=メールは昔から文化人やセレブに愛されており、ジャン・コクトーもその一人。16世紀に建てられたチャペルは長い間、漁師たちの網の保管所や裁判所として使われていたが、1957年にコクトーが外装と内装を手掛けてチャペルとして復活した。


コートダジュール各地で休暇を過ごし、たくさんのインスピレーションを得たコクトーは、2つのチャペルの装飾をしており、最初がこのサン・ピエール・チャペル。当時このチャペルの所有者だった漁師への友情の印として、依頼を引き受けたのだそうだ。コクトーは斜め向かいの「Welcome Hotel」に住んでいた。

内部には聖ペテロの一生や漁師の生活の壁画が天井まで全面に描かれている。残念ながら建物内は撮影禁止。別に写真くらい撮らせてくれてもいいじゃないと思うが、そんな人のために絵葉書が1ユーロで売られている(私も買ってしまった)。まあ、カメラに収めるより記憶に留めることのほうが大切なのも確か。

チャペルは今でも地元の漁業組合に属しており、聖職者は常駐していないが、結婚式場としても利用されている。

ヴィルフランシュ=シュル=メールと空港の間には、ニースの海岸線まで一望できる展望台や古い砦もある。フライトの前にちょっと時間を割いて行ってみるのもいい場所だと思う。






2024年5月19日日曜日

マティス・チャペル

ニース空港から車で30分ほどのヴァンス(Vence)という町に、アンリ・マティスが手掛けた礼拝堂がある。正式には「ロザリー・チャペル(Chapelle du Rosaire)」というが、今では「マティス・チャペル」と呼ばれることが多い。


マティス最晩年の大作となった礼拝堂は、ステンドグラスから差し込む光の美しさで知られるが、縁と偶然がきっかけで実現したその運命的なストーリーにも惹かれる。

1941年、72歳だったマティスは大病の手術を受け、退院後は当時住んでいたニースに戻って療養する。奇跡的な回復をしたマティスは「第二の人生」を与えられたと感じた。そして翌年看護婦として雇ったモニク・ブルジョワと友情を深め、モニクはマティスの絵のモデルも務めるようになった。その後モニクはドミニコ会の尼僧となる。

数年後、ヴァンスに引っ越していたマティスは、モニク改めシスター・ジャック・マリーと再会。尼僧たちが礼拝堂を必要としていることを聞く。もう一つの命を与えられたと思っていたマティスは、やがてそこに自分のミッションを見出し、自分が礼拝堂を作ると約束した。

マティス完成までの4年間、全ての時間を礼拝堂に捧げ、設計から内装、ステンドグラス、家具、そして法衣のデザインまでを手掛けた。施工はオーギュスト・ペレが監督し、礼拝堂は1951年に完成した。


礼拝堂は建物の地下にある。礼拝堂内は撮影禁止なので、今回の訪問の直前に国立新美術館で開催中の「マティス 自由なフォルム」展で再現された礼拝堂を下見した際の写真を掲載(こうやって改めて写真を見ると、とても忠実に再現されていたと思う)。


入り口から見て一番奥の祭壇の後ろの壁と左の壁に合計3つの大きなステンドグラスがあり、右の壁と手前の壁にはシンプルな線で描かれた陶板画がある。

広くはない礼拝堂だが、10時のオープンと同時に行ったため人も少なく、ほぼ独り占めできた(東京の展覧会はごった返していた)。

建物内に併設されたミュージアムでは、マティスが何枚も描いた壁画の下絵などのドローイングや、実現しなかったステンドグラスのデザインなども展示されている。




マティスの切り絵の要素が詰まった法衣も、ファッションブランドのディスプレイのようなカラフルさがいい。これをまとった神父さんたち、「え、ちょっと派手じゃないかな…」とか言いながらまんざらでもなかったんじゃないかとか想像する。


礼拝堂は数年前に大改修工事をしたが、案内してくれたドライバーさんの話によると、修道会ではその費用を捻出できなかったため、市の管理下に入ることで費用を負担してもらった。今でも毎週日曜日にはミサが行われ、尼僧の人たちは隣の建物で暮らしている。

東京の展覧会も、ニースのマティス美術館も良かったが(作品の大半は東京に貸し出し中ではあったけれど)、ヴァンスのロザリー・チャペルはマティスのスピリットを感じる魅力的な場所だった。

2024年5月13日月曜日

ノルマンディーでデヴィッド・ホックニーを見る

フランス・ノルマンディーのルーアンはパリから電車で1時間20分。モネが何枚も描いた大聖堂で知られる。


今回ルーアンを訪れた目的は、その大聖堂よりむしろ、デヴィッド・ホックニーの展覧会を見ること。昨年、東京都現代美術館で見たホックニー展がとても印象的で、彼が現在住んでいるノルマンディーでの展示は是非見たいと思った。

2019年からノルマンディーに居を構えたホックニーは、iPadを駆使してノルマンディーの自然の風景を色鮮やか且つチャーミングに描いている。環境に合わせて新たな道具を軽やかに取り入れ、新たな作風を生み出すホックニー。


「David Hockney Normandism」と題された今回の展示は、ルーアン美術館(Musée des Beaux-Arts de Rouen)で開催されている。なんと入場無料。ホックニーの自画像が入口で迎える。


この企画展はノルマンディー全体で展開している印象派フェスティバルの一環で、ルーアン美術館の印象派絵画のコレクションとホックニー作品が一緒に展示されているのもここならではの趣向。モネに挟まれたホックニーは滅多にない。


ホックニーの作品はiPadのドローイングと油彩画の両方が展示されている。東京で見たような超大作(90mの絵巻)はないが、ノルマンディーの春の風景を描いた作品はどれも明るくて美しい。多くの人がカメラに収めていた。


今回、新たに見られたのは夜の風景画。「The Moon Room」というコーナーに月夜を描いた作品が集められている。



時にはマグリット、時にはゴッホの作品へのオマージュを込めていることは想像できる。ちなみにオルセー美術館にあるゴッホの「星月夜(The Starry Night)」は下の写真。



解説によると、夜を表現するために、グリーンやブルーなどの色彩をどのように残し、黒やグレーの影とどう組み合わせるか、やはりiPadでの検証が役に立っているらしい。

「もし彼の時代にiPadがあったら、モネだって使っていただろう! 」というホックニーの言葉が会場にあった。

これからも可能性は無限。前向きなメッセージを受け取った展示だった。