銀座8丁目にある中銀カプセルタワービルの見学ツアーに参加。かなり面白かった。
「保存・再生プロジェクト」の方の案内で建物内に入り、その歴史と現状についてのお話を伺いながら見学した。
黒川紀章の設計で1972年にできたこの独特な建物は、二つのタワーに分かれていて、合計140のカプセルがついている。カプセルは全て10平米、はめ込みの窓が一つ、ユニットバスがあるが、キッチンはない。白い壁面には作り付けの収納棚と机と、当時としては最新鋭のソニー製のブラウン管のテレビ、ラジオ、オープンリールのオーディオシステムが埋め込まれている。無駄なものは何一つなく、入居するほうも持ち物を最小限にすることが求められる。物を所有することが豊かさの象徴だった高度経済成長期にあって、このコンセプトは哲学的ですらあったと想像する。ビジネスカプセルとして売り出された当時のパンフレットを見ると、部屋にない機能は外部から補うという考え方で、フロントコンシェルジュ、ハウスキーピング、秘書サービスなど、現在の高級サービスオフィスやホテルに通じる内容を提供していたことがわかる。ハードもソフトもかなり最先端だったこの物件は、感度の高い人々に受けたに違いない。
当初のアイディアは、取り外し可能なカプセルを25年くらい毎に新しいものに交換して、建物を永続的に維持していくというものだったが、一度も交換されずに50年近くが経とうとしている。実際、真ん中の階のカプセルだけを外して交換することはできず、上階から順番にすべてのカプセルを外さないとならないため、工事にはそれなりの費用がかかるらしい。
カプセルは分譲されていて、今もここで暮らす人、オフィスとして利用する人、またはマンスリーレンタルで宿泊する人などがいる。老朽化で諸々不便が生じているにも関わらず、その人気は根強い。海外からハリウッドセレブが見学に来たこともあり、マンスリーで利用する日本の著名人も多いそう。特に昨今は、リモートワークの場所として希望する人も増えているという。
実現しなかった黒川氏のアイディアの話が更に面白く、例えば、別の都市に同じ建物を作って、カプセルごとそっちにお引越しできるという案や、キャンピングカーのようにカプセルごと旅する案など。必ずしも一つの場所で暮らす必要性が急激に薄れている今の価値観に、奇しくもぴったり合っている。50年ほど早すぎたけれど。
しかし区分所有者の意見は、カプセル交換&保存派と、取り壊し派に分かれている。この建物は現在の建築基準法に合っていないため、一度取り壊してしまうと同じものは建てられない。建物を残すための唯一の方法は、当初の案通りカプセルを交換すること。
私は21世紀の最新の機能を搭載したカプセルに交換されたタワーの姿を見てみたい。交換されて初めてこの建物は完成するのだから。そして、ピカピカのカプセルがあちこちを自由に旅している姿を想像するのも楽しい。