シンガポールのアーティストYip Yew Chongさんの作品は、観光地から住宅街まで様々なエリアにある。
日本でいうところの「昭和の時代」の日常を題材にしたものが多く、特にチャイナタウンに集中している。
シンガポールのアーティストYip Yew Chongさんの作品は、観光地から住宅街まで様々なエリアにある。
日本でいうところの「昭和の時代」の日常を題材にしたものが多く、特にチャイナタウンに集中している。
昨年6月にシンガポールで見たYip Yew Chongさんの壁画(リンク)があまりにも面白かったので、また見に行ってきた。
Yipさんの作品は1970年代頃のシンガポールの生活を描いたものが多く、ノスタルジックながらもリアルな描写で、人々を絵の中の世界に引き込んでしまう。
今回は新作を見にカンポングラムへ。アラブ系とマレー系の伝統が残るこの地区には2023年8月に完成した超大作がある。
3階建ての建物の壁全面に描かれたのは、屋根から掛けられた大きな布が象徴する布地屋の風景。この建物で50年以上布地卸業を営むオーナーの注文で制作されたもの。(手前に並ぶ4つのタイル画の石柱は以前からあったもので、Yipさんの作品ではない。)
先月、パリのオルセー美術館でゴッホの興味深い展覧会を見た。その名も「オーヴェル・シュル・オワーズのゴッホ」展。ゴッホが最期の70日間を過ごしたオーヴェル・シュル・オワーズ時代だけを扱った初の企画。
ゴッホはここで74枚の絵画を制作した後、自殺したとされている。でも本当に自殺だったかどうかは諸説あり、それゆえにオーヴェル・シュル・オワーズは、ゴッホゆかりの地の中で最もゴッホの魂に近く、彼の執念にも似た熱量を感じる場所だと思っている。
面白かったのは、よく美術館で見るような重厚な額縁はゴッホの好みではなかったという話。彼は額縁には強いこだわりがあって、絵の色が際立つよう平たくプレーンな額縁を指定していた。これを受けてオルセーは最近になって額縁を変更したらしい(冒頭の「オーヴェルの教会」の写真がそれ)。ゴッホの指定はシンプル過ぎて当時の流行には合わなかったのだろうが、作家の意向がこれほど長い間無視され続けていたというのもなかなかすごい。
オーヴェル滞在の70日の間にゴッホは新しい色を発見し、新しい手法にも挑戦した。陽光溢れるプロヴァンスからオーヴェルに移ってきたゴッホの目には影がよりはっきり見え、異なる青の色合いを風景画に取り入れるようになった。
彼は独自の新フォーマットも開発している。「ダブルスクエア」と呼ばれる正方形を二つつなげた2:1の横長のキャンバスの作品を全部で13点描き、うち11点が今回展示されている。それらはオーヴェル滞在の後半に制作されたそうだが、決して生き急ぐように描かれたのではなく、一つ一つ丁寧に、熟考や修正を重ねたものだった。
ゴッホの最後の作品もダブルスクエアで、彼が自殺を図ったとされる日に描かれた「木の根」。
その直前まで描いていた風景画からガラッと変わり、抽象画のような、攻撃的なまでに強い色合いの作品。ゴッホはその2週間ほど前に「私の人生もまた、根っこの部分で攻撃されている」と書いていたそうで、それをこの作品に込め、自殺へと進んだとする解釈もあるようだ。
しかし、ゴッホがオーヴェルで過ごしたのは1890年の5月下旬から7月の終わり。春から初夏に移る季節の生命力に満ちた木々の緑や花の美しさは、ゴッホにもインスピレーションと新たな挑戦のエネルギーを与えたと想像できる。そして、他のどの絵とも異なる「木の根」もまた、彼の挑戦の一つだったのではないか。 ここから真夏に向けてゴッホの新時代が始まるはずだったのではないだろうか
と、まあどれだけ考えても、ゴッホの最期の70日間の真実はゴッホ本人にしかわからない。この展覧会でゴッホへの理解が深まったと同時に、謎も深まった気がする。そして一層ゴッホに惹かれたのは間違いない。
ボルドーの「La Cité du Vin(シテ・デュ・ヴァン)」は、ボルドーだけでなく世界のワインを知ることができるミュージアム。
川沿いに建つミュージアムは遠目にもすぐわかる特徴的な建物。何を表現しているのかというと、公式サイトによると「ワインの魂を呼び起こす」ものだそう…??? 要は液体としてのワインのシームレスさ、とらえどころのなさといったものをイメージしているらしい。確かにとらえどころがない。
展示フロアの入口でオーディオガイドを受け取る。世界のワイン産地の映像から始まり、各国のワイン生産量や品種の比較、現在のワインのトレンド、ワインの歴史、ワインの製造工程などなど、様々な角度と展示方法でワインを読み解く。鑑賞者は各展示の前でオーディオガイドをスキャンして音声解説を聞く仕組み。多くの展示は音声を聞くことが前提になっているが、解説は合計9時間分もあるそうなので全部聞こうとせず、滞在時間に合わせて自分が興味があるところを重点的に聞くのがいいと思う。いずれにしても1-2時間は時間を取ったほうが楽しめる。
嗅覚に訴える香りの展示や、ブドウの映像の上を足踏みしてワインの生産量を競うゲームや、「ワイン占い」といったインタラクティブな遊びもある。
外からは奇妙にも見えた建物も、曲線を活かした内部は悪くない。
もちろんチケットにはテイスティングも含まれる。常設展を見た後、8階の展望フロアへ。世界のワインが並ぶメニューから、折角なのでクレマン・ド・ボルドーを選んだ。
ボルドーの街を一望しながら乾杯!
フランス・ボルドー右岸の「Chateau de Ferrand(シャトー・ド・フェラン)」は、ワインとアートをここならではの形で融合させたユニークなシャトー。
創業は18世紀初め。1977年にボールペンのBIC社の創業者マルセル・ビック氏が買い取り、現在は娘のポーリーヌさんご夫妻が当主を継いでいる(ちなみに夫のフィリップさんの実家はモエ・エ・シャンドン)。
ポーリーヌさんの代になってから、シャトーは一大リノベーションを敢行。内装は建築デザイナーのPatrick Jouin氏に依頼した。ヴァン クリーフ&アーペルのパリや銀座の店舗や、マラケシュのホテルLa Mamounia等も手掛けた人。Jouin氏の特徴ともいえる透明感や柔らかな曲線はこのシャトーでも発揮され、機能とエレガンスを見事に両立。例えばテイスティングルームは、プロのテイスティング用にワインの色がはっきりとわかるライトとテーブルが設置されているが、雲のように浮かんだお洒落なライトはそんな実務的理由を意識させない。
イベントやセミナーに利用されるオランジェリーは、空と雲をイメージした天井と、木と革張りの椅子が並ぶ美しく居心地のいい空間。
前述のテイスティングルームの壁は春夏秋冬を描いた絵で覆われている。これがまさに、家業のアイデンティティを活かした「BICアート」の一つ。アーティストのAlexandre Daucin氏がBICのペン1種類だけを使って描いた作品で、とても細密な描写が部屋の四面の壁に展開している。さて、これを完成させるのに何本のBICペンが使われたでしょう?
正解は7本。絵を実際に見たら、こんなに細かくて大きな絵にたったの7本?と驚くと思う。「BICペンはこんなに長く描けます」という説得力はこの上ない。
他にも館内には、BICペンを使った、またはテーマにしたコミッションアートがあちこちに展示されている。
もちろんワインの評価も高い。シャトーでは2010年から、土壌の改良やブドウの植え替え、栽培方法の変更などの改革をした。その結果、Chateau de Ferrandのワインは2012年以降、サンテミリオンの格付けでグラン・クリュを獲得している。作るのはメルロー主体のまろやかな赤ワインのみ。ヴィンテージによって異なる個性を大切にしており、違うヴィンテージを順番にテイスティングするとそれが良くわかる。
シャトーにはゲストルームも3室あるので、宿泊してワインとディナーのペアリングを堪能することをお勧めする。BICペンの4つのカラーをテーマにしたコースもある。
ディナー後はファミリーのプライベートアートコレクションをじっくり鑑賞した。世界のアーティストたちにとってBICペンは身近な画材。様々なアーティストたちがBICペンで描いた作品のコレクションにはジャコメッティ、マグリット、ダリなど、20世紀を代表するアーティストたちも含まれ、BICペンとアートの深いつながりを感じる。
ボールペンの繊細な線とワインのまろやかさが絶妙な相性に思え、心地よく印象に残った。
トレードショーに参加するため4年ぶりに南仏のカンヌへ。
眩しい太陽と輝く海。冬でも昼間はコート要らず…のはずが、今年は東京の初冬が暖かすぎたせいか、12月初めのカンヌはいつもより寒く感じた。それでもやはり、一年中サングラスとテラス席が似合うこの街は魅力的で、気分がいい。
でも日が暮れると気温はガクンと下がる。カンヌの夜は、海岸通りのいくつかのホテルがライトアップされ、ブランドショップのショーウィンドウの照明がついている以外は比較的おとなしい。例年クリスマスシーズンには、商店街などにはそれらしい飾りが出ているけれど、特に力を入れている感じはなかった。
今年リノベーションを終え再オープンしたカールトンホテル |
そんなわけで、昼間のミーティングが終わり、カクテルパーティに2軒くらい顔を出した後のカンヌには見るものもなく寒いので、足早にホテルに向かっていたとき、今回は路面にクルクルと回る光のアートを発見。それも一か所ではなく街のあちこちでクルクル。少しずつ色や柄が異なり、人通りが多くはない場所でも静かに回っている。これ結構いいな、と、ちょっと足を止めて眺める。
今年のカンヌのクリスマスはこれだけではなかった。角を曲がって目に飛び込んできたのは、なんとも派手に光る建物。
前面がプロジェクションマッピングに覆われたその建物は「Eglise Notre Dame de Bon Voyage(良い旅のノートルダム教会)」。1815年にエルバ島を脱出したナポレオンが最初に立ち寄った教会で、安全な旅の守り神とされている。その白い壁は投影にうってつけのスクリーンだった。
しかしこのインパクトは、夜のカンヌでは間違いなく目立っている(いや、浮いている)。
普段はおとなしい教会の変貌にちょっと驚いたが、どうせやるならこれからも続けてくれるかしら、デザインも毎年変えてくれるかしら、今回は静止画だったけどいっそ動画にも挑戦してくれるかしら、などと勝手に期待が膨らみ、結局、来年のプロジェクションを楽しみに思っている私。
翌朝出かける頃には教会はいつもの姿に戻ってすましていた。
2021年11月に香港の西九龍文化地区(West Kowloon Cultural District)にオープンし、世界的な話題となった「M+」。遅ればせながら最近ようやく見に行った。
M+はアジアで初めて20世紀以降のビジュアル・カルチャーに特化した美術館。ヘルツォーク&ド・ムーロンがデザインした建物の中に、17,000平方メートルもの展示スペースを持つ。ヴィクトリア・ハーバーに面した壁面は巨大なLEDディスプレイになっていて、夜は向かいの香港島から見ても良く目立つ。
M+のもう一つの柱は、1970年代から40年間の中国美術を集めたシグ・コレクション。最も包括的な中国現代アートコレクションとされるが、中国政府が最も検閲に目を光らせる部分でもある。残念ながら訪問時はシグ・ギャラリーが展示準備中で閉鎖されていたので、全貌は見られなかった。また次回。
地下1階では草間彌生のインスタレーション「Dots Obsession」に人が集まる。巨大水玉に圧倒される楽しい空間。
3階のルーフガーデンはお勧めの写真スポット。西九龍文化地区全体が見渡せ、対岸の香港島の風景も臨める。
西九龍文化地区は、40ヘクタールの埋め立て地に新たな活気ある文化地区を造る一大プロジェクト。現在はM+のほか、香港故宮文化博物館やパフォーマンスセンターがあり、ウォーターフロントプロムナードを散策できるアートパークがそれらをつなぐ。2024年にはシアターコンプレックスも完成予定。
M+とこの地区が、アートを通じて様々な声や文化を世界に発信し続けられますように。