2025年9月8日月曜日

「Visionary Journeys」展 in 大阪

今年5月にバンコクのルイ・ヴィトン店舗に併設されたスペースで「Visionary Journeys」展を見た。視覚的インパクトと、LVのオリジンと革新のストーリーが詰まった魅力的な展示だった。

その展示が今、大阪中之島美術館に来ている。この間もバンコクの展示は継続しているので巡回とは言わないのだろう。今回の展示は、1867年のパリ万博以来のルイ・ヴィトンと日本とのつながりに焦点を当て、大阪・関西万博に合わせて大阪で開催するために構成したもの。ブランドのエキシビションは入場無料のイベント的なものが多いのに対し、美術館で有料で開催していることも一線を画している。

入場を待つ間、見上げると吹き抜けの天井からLVロゴのトランクを連ねた和紙のランタンが。下ばかり見ているとLVワールドの始まりを見逃してしまうので注意。


展示の入口はLVの象徴ともいえるトランクのドーム! 皆「きゃあ」と言って入場するより前に写真を撮りまくるのは必至で、係の人が「先にご入場くださーい!」と叫ぶが、すでにLVの魔法にかかった人たちはもう夢中。このドームは万博のフランス館で展示されているLVのトランクのスフィアとも似ている。

万博フランス館の展示


展示はメゾンの19世紀の創設から、社会や輸送手段の変化とともに発展してきた歴史を、各時代のアイコニックな製品の数々とともに紹介していく。この流れはバンコクの展示と共通しているが、規模は大阪のほうが断然大きく、資料を含む1000点以上の展示品が12のコーナーに分けて展示されている。LVの自社アーカイブだけではなく、フランスや日本の他の美術館から借り受けたものも多い。


「ルイ・ヴィトンと日本」のコーナーでは、日本がLVのデザインに与えた影響や、日本ならではの製品が見られる。パリ万博で起こったジャポニスムブームの後、LVは日本の版画のジグソーパズルを発売していたというのも面白い発見。80年代の山本寛斎とのコラボファッション、もっと近年では甲冑をベースにしたドレスや鯉のぼりのバッグなど、日本を様々な形で取り入れた製品のほか、ひな人形ケースやお茶道具ケースなど日本らしいオーダーメイドも。



更に「モノグラム・キャンバスの歴史」の展示でも興味深い指摘がある。1889年にパリのギメ東洋美術館で展示された江戸幕府の第11代将軍徳川家斉が使っていたトランクが、モノグラム・キャンバスのデザインに影響を与えたのではないか、という説。確かに似てるかも。推測の域を出ないが、もしそうだったらと考えると、この徳川トランクも急にお洒落に見える。


1897年に商標登録された記念すべきモノグラム・キャンバスのサンプルも展示されている。


こうした歴史展示の他、メゾンで働く職人さんたちの実演や、商品耐久試験も見られ、実際に商品がどのように、どんな基準で作られているかがわかる。

ボリュームある展示だったが、日本との関係という切り口が時代と文化、そしてファッションの変遷をよりイメージしやすいものにしてくれた。見ごたえあり。

展示会場を出るとすぐにルイ・ヴィトンの展覧会特設ショップがあった。展覧会入場者しか入れないにも関わらず60分待ち!(万博か…) 1時間以上展覧会を見た後の私にはそこまで待つ気力はなく、スルーした。絶対にショップに行きたい人は、鑑賞中もエネルギーを取っておいたほうがいい。

(大阪中之島美術館のVisionary Journeys展は2025年9月17日まで)



2025年7月13日日曜日

「City of Others」異邦人アーティストたちのパリ

シンガポールのNational Galleryで開催中の「City of Others:  Asian Artists in Paris,  1920s - 1940s」展を見た。ワンフロアを丸ごと使い、日本、中国、ベトナム出身のアーティストたちにスポットを当てている。

20世紀初頭のパリで活躍したアジア人アーティストというと、藤田嗣治や佐伯祐三といった日本人画家が真っ先に浮かぶが、逆に言うとそれ以外のアジアのアーティストのことはほとんど知らなかった。でもこの展覧会を見ると、他にも多くの日本人やアジア人アーティストたちが異文化の中に飛び込み、「外部者」としての立ち位置と自らのオリジンを巧みに活かしながら、当時のパリのアートシーンで確かな地位を築いたことがわかる。

日本人のうちの一人は漆芸家として活躍した菅原精造。写真はデザイナーのアイリーン・グレイとの共作のキャビネットで、家具職人はおそらく稲垣吉蔵とされている。菅原も稲垣も日本では知名度は高くはないと思うが、調べると二人ともすごい人たち。菅原は、ル・コルビュジェがその才能に嫉妬したというグレイに漆芸を教え、稲垣はロダンが最も信頼していた助手だった。

グラフィックデザイナーとして成功した里見宗次のポスターも、何ともかっこいい!現代でも通用する洗練されたデザインが目を引く。日本の国鉄のポスターはパリ万博で賞も取った。日本が誇るべきデザイナーを、当時どれほどの日本人が知っていただろう。

ベトナムのLe Pho の肖像画は、パッと見てベトナムっぽい!と感じる女性二人の絵。なぜベトナムっぽいのかと聞かれると、いや、何となく…となってしまうのだが、そこもこの人の上手さなのだろうと思う。

シンガポール人のGeorgette Chenは、4か月間のプロヴァンス旅行でセザンヌやゴッホの足跡をたどりその影響を受け、バランスのいい鮮やかな風景画を描いた。

この時代を語るに欠かせない藤田嗣治の作品も複数。日本各地の美術館のほか、休館中のリヨン美術館の収蔵品も見られた。



しかし時代は二つの大戦のはざま。芸術の華やかなエネルギーの裏には激動の社会情勢と不安があった。フランス国内では植民地政策推進派と反対派が対立し、どちらのプロパガンダにもアートが利用された。

第二次大戦に入ると、国に帰った者もフランスに残った者もいたが、戦争が終わってもかつてのアジアン・アーティストたちが築いた黄金時代は戻ってこなかった。

ダイバーシティなどという共通語がなかった時代。「よそ者」でありながらフランスのアートシーンに溶け込み、影響を与えたアーティストたちのすごさに静かに圧倒され、華やかな時に想いを馳せた。


2025年6月23日月曜日

チェルシーでアートギャラリー巡り

週末にニューヨークに滞在するなら、チェルシー地区に行くのが楽しい。質の高いアートギャラリーが密集していて、多くは気軽に立ち寄れる。特に10thと11th Avenue の間の22丁目から24丁目がいい。

ギャラリーの多くは土日を含む週の後半だけ営業し、何らかの企画展示をしている。ミュージアムクオリティの展示も少なくない。週末はカップルや家族連れなどあらゆる年代の人がこの辺を歩き、気になるギャラリーに入ってはまた次のギャラリーに向かう。ギャラリストもこちらから質問しない限り放っておいてくれるので、自分のペースで見られる。

今回特に賑わっていたのは21丁目のGagosianでの村上隆の展示。広い展示スペースに、歌川広重の江戸百景の浮世絵を村上氏がコピーしたキャンバス121枚が並ぶ。テーマはアートの「バッククロシング」。二つの種の交配で生まれた後代に、最初の両親の片方を再度交配するということらしい。そう言われてすぐに消化できているわけではないのだが、本物との違いがわからないコピーとならんで、現代風にアレンジした作品も展示されている。



韓国系のTina Kim Galleryの展示も良かった。「The Making of Modern Korean Art」と題し、Lee Ufanなど、1960年から80年代の韓国現代美術を形作った4人のアーティストたちの間の書簡と、それぞれの作品が展示されていた。


Dia Beaconの姉妹施設であるDia Chelseaではイギリスの映画監督スティーヴ・マックイーンのビデオアートを上映していた。入口前に置かれた石はヨーゼフ・ボイスの作品(植樹プロジェクト)の一部。


チェルシー散策後は、23丁目からハイラインに上がって歩く。北に向かって数分でハドソン・ヤーズに到着する。


週末の気ままなお散歩に。




2025年6月22日日曜日

Summit One Vanderbilt

ニューヨークにはこの10年ほどで新しい展望台が増えた。ニューヨークで最も髙い100階以上からの眺めを誇る「One World Observatory」、西半球で最も高い屋外展望台の「Edge」、ロックフェラーセンター最上階の屋内外展望台「The Top of the Rock」、そして視覚効果を楽しませる「Summit One Vanderbilt(サミット・ワン・ヴァンダービルト)」がある。

今回はSummit One Vanderbiltに行ってみた。グランドセントラル駅の隣のビル One Vanderbiltの91階から93階にある。床が鏡になっているためパンツとサングラスの着用が推奨されている。鏡面を傷つけないよう入口で靴カバーも渡される。

ものすごく高速なエレベーターであっという間に91階へ。

え、ずっと下まで透けてる?


そうではなく床も天井も鏡。上にも下にも限りなく鏡の世界が続く。それがわかっていても高所から見下ろすようなちょっとスリリングな感覚。



Summit One Vanderbiltはアート要素もセールスポイントの一つ。草間彌生のオブジェが展示されている(売店で同じ形の栓抜きを売っていた。)


次の部屋はシルバーの風船で満たされていて、大人も子供も風で舞い上がる風船を打ち返したりして遊ぶ。


さて、肝心の眺めはというと、もちろん素晴らしい!マンハッタンとその先を一望できる。初めて行く土地でもそうでなくても、一度は高いところから俯瞰で見ると全体像がよくわかる。



92階に上がると鏡面効果が倍増し、ますますきらめく世界。


93階はオープンテラスで日差しと風を受けながら景色やドリンクを楽しめる。もちろん高いガラスの壁があるので安心。


楽しい展望台だった。もっとスリルを求める人は、追加料金でガラスボトムのエレベーターに乗る体験もできる。

展望台も眺め以外の要素で独自性を競う昨今。でも後で最も心に残るのは、晴れた空の下に拡がるニューヨークの風景だと思う。



フリック・コレクションのリニューアルとフェルメール展

ニューヨークのアッパーイーストサイドにある美術館「フリック・コレクション」が、約5年間に及ぶ改装を終えて今年3月にリニューアルオープンした。

同美術館は鉄鋼王のHenry Clay Frick氏のコレクションを展示するために1935年に開館。今回は総工費2億2000億ドルという本気のリノベーションで、ただ改装しただけではなく展示スペースも拡大している。

その再オープンを記念して6月18日に始まった企画展が「Vermeer's Love Letters (フェルメールのラブレター)」。展示作品は3点だけにも関わらず多くの人が訪れる大盛況。やはりフェルメールはどこでも強い。フリック・コレクション所蔵の「婦人と召使(Mistress and Maid)」、オランダのアムステルダム国立美術館の「恋文(The Love Letter)」、そしてアイルランド国立美術館の「手紙を書く婦人と召使(Woman Writing a Letter with Her Maid)」の3作品が横一列に並ぶ。それぞれサイズは異なるが、召使いと女主人の二人が登場し、女主人が関わる恋文が主題になっているところが共通している。


緻密に描かれた室内の様子や衣服、調度品、小物類から登場人物の立場や地位が想像できるのもフェルメールの面白さ。展示室内は写真撮影禁止なのでじっくり鑑賞。これ以外にも2点のフェルメール作品が別の部屋に展示されていた。

フェルメールはフリック・コレクションのごく一部に過ぎない。ダイニングルーム、ライブラリ、リビングホールなど、フリック家が暮らす邸宅だった頃の名を残す各ギャラリーには、レンブラント、ヴァン・ダイク、ターナー、コロー、ドガ、ゴヤ、フラゴナールなどなど、錚々たるヨーロッパ絵画の大家の名が並ぶ。一言でいうとすごいコレクションなのだ。

陶磁器ギャラリーが新設されたり、以前はアクセスできなかった大階段が通行可能になったり、新しい見どころも多い。

美術館が1935年に最初に開館した頃は、作品に合わせて生花を飾っていた。今はそれができないため、ウクライナ出身のアーティストによる精巧な陶器の花が会場のあちこちに飾られている。これも期間限定の企画展示。本物と見紛うものもあり、つい触ってみたくなる来場者も多いが、そうすると係の人が飛んでくる。

中心にあるガーデンコートは、鑑賞の合間にひと息つきたい明るく気持ちのいい空間。


帰る前にミュージアムショップに寄ろうとしたら、入店を待つ人の列ができていた。店内が混み過ぎないようにコントロールしているのだが、少し待って入ってみた。なんとも趣味のいい品揃え。よくあるマグカップとかマグネットとかのロゴグッズはなく、お洒落な高級陶磁器のティーカップ、22Kのジュエリーなど、選りすぐりの商品を置いている。お土産ではなくギフトを買えるお店がある美術館っていいなと思いながら後にした。



Dia Beacon

ニューヨーク郊外のアートセンター「Dia Beacon」を訪れた。マンハッタンのグランドセントラル駅から電車で約90分、ハドソン川沿いに北上したところにある。Beaconは静かな町で、人口は15,000人に満たない。

駅から徒歩10分弱のDia Beaconの建物は、かつてナビスコの箱印刷工場だった。工場の建物がアートセンターに転用されるのはよくあるケース。広くて頑丈で天井が高く、大型作品の設置にも便利なのだろう。

ここもシンプルな造りながら天窓からの外光が明るく、作品が映える。こういう空間でのアート鑑賞はそれだけで期待値が高まる。

館内はアーティスト別に仕切られ、主に1960年代から70年代のアメリカのアートが展示されている。


入口から近く最も大きな部屋の一つがウォーホルの「Shadows」。色の違う大型の102枚の絵が四方の壁をぐるりと囲む。Diaは持っていた他のウォーホル作品をピッツバーグのアンディ・ウォーホル・ミュージアムに寄贈してこれだけを残したそうだが、一作品で十分なインパクト。



立体作品も迫力ある大型のものが多い。床に開いた大きな四角と丸の穴はマイケル・ハイザーの「North, East, South, West」。


メザニンスペースにはリチャード・セラの巨大彫刻が3つ並ぶ。中が一つの空洞になっているものも、くるくると細いらせん状の通路が中に続いているものもあり、くるくるに入ってしまうと出られなくなりそうで少し不安になる。


セラ以外も、その時代を代表するドナルド・ジャッド、ダン・フレイヴィン、ソル・ルウィットなどミニマリズムのアーティストの作品が多数見られる。

2階では少し低い天井の下でルイーズ・ブルジョアの蜘蛛がやや狭そうにしていた。蜘蛛だけではなく彼女の他の彫刻作品も展示されている。



比較的小型なものではルーカス・サマラスの「Doorway」も面白かった。鏡面の作品に上がってのぞき込むと自分も映った万華鏡のようなビューが拡がる。そこにいたスタッフの男性は「自分のヘアスタイルをあらゆる角度から見られます!」と説明してくれた。


ニューヨークではマンハッタンにも素晴らしいミュージアムやアートギャラリーがたくさんあるが、ちょっと足を延ばすと、サイトスペシフィックで大規模な展示が見られる郊外ならではのアートがある。日帰りの遠足気分で行くのも楽しいし、ゆったりした時間を過ごせる。

尚、マンハッタンから電車で行く場合、行きも帰りも1時間に1本しかないので、電車のスケジュールを事前に調べ、それに合わせて入場の予約をして行ったほうがいい。

Dia Beaconでは8エーカーの屋外スペースを増築中で、2025年中に公開される予定とのこと。また楽しみが増える。




2025年6月15日日曜日

鳥取県立美術館

今年3月30日にオープンした鳥取県立美術館。県立博物館から美術部門が独立して設立され、県立美術館としては日本最後発と言われている。開館記念展「アート・オブ・ザ・リアル 時代を超える美術 若冲冲からウォーホル、リヒターへ」がずっと気になっていて、閉幕ギリギリで行くことができた。

鳥取県立美術館は鳥取市ではなく、鳥取駅から特急で30分くらいの倉吉市にある。倉吉駅は美術館大歓迎モードの階段ラッピング。


美術館は倉吉駅から更にタクシーやバスで10分ほど行った静かなところにある。遠路はるばる、やっと到着。


入口のすぐ横の、外からも見えるところにウォーホルのBrillo Boxらしきものが積まれている。よく見ると森村泰昌作の「Morillo Box」。何がリアルかを問う展示はすでに始まっている。


展示室がある3階までエスカレーターを上がっていき、開けた造りの館内を見下ろす。


展示作品は江戸時代から現代まで、国内外の100名以上のアーティストの作品が約180点。それを「リアル」をキーワードに様々な切り口でまとめている。写実性の追求、キュビズムなど写実を超えた表現、生活の中のリアル、物質や物体そのものの存在、身体、事件や戦争の記録といった具合に。展示は近世の鳥取画壇のコレクションからスタートし、その後は「あ、これ見たことある」と多くの人が思うであろう錚々たるラインアップが日本中の美術館やギャラリーから集結している。




また中には、鳥取らしくシュルレアリスムを砂丘をテーマにまとめたコーナーも。


この美術館で最も有名な収蔵作品は前述のアンディ・ウォーホルの「Brillo Box」。2022年に鳥取県が3億円で購入したことが話題になり、今回が初公開。他のウォーホル作品と一緒に展示されている。ウォーホルは何度も見た作品でも、例えばそこに描かれているのがスープ缶にすぎないとわかっていても。やはりまた見てしまう。それがウォーホルの魅力。


だから鳥取も、倉吉駅の装飾しかり、Brilloパッケージのオリジナルのお菓子を作ったり、総力を挙げてこの作品を地元のキャラクターにしようとしている。

Brillo Boxは、リアルを問うこの記念展の目玉として良かったと思うし、鳥取県立美術館のコレクションとして、他の美術館から借りてきたAクラスの作品群と比べても引けをとらなかった。さて、この先はどうしていくんだろう。県はこの作品を県が保有し続けるべきかどうかを問うアンケートを来館者に対して行ったらしいが、この展示が成功だったかどうかもわからないうちにそんなことを問うなら、信念ある購入だったはずのものが揺らいでしまわないかと思う。それよりこれからもコレクションを軸を軸に注目の展示を次々に打ち出し、人の流れが出来たら面白い。そうしたらまたはるばる出かけてみたい。